(あー、つっかれた!)
何で生徒会役員なんて貧乏くじ引いたんだろう。めんどくさいったらありゃしない。
夏休み最終日だってのに、わざわざ学校来なきゃだし、しかもこんなに遅くなるなんて…聞いてない!!
ガチャリと屋上に続く、やけに重たいドアを開ける。
残暑なのに、オマケに夜なのに、全然気温を下げてないムッとした空気が体に纏わりつくようだ。でも、はるばる屋上の階段を登ってきた私からしたら、ちょっとだけ涼しいと感じるからやっぱりちょっとだけ心地いい。どっちだっての。
やけくそ気味にズンズン屋上のコンクリートを進み、目指すのは一番南側の鉄柵。普段、生徒は立ち入り禁止なのは知ってるけど、そんなん知らない。だってドアの鍵掛かってなかったし、もうこの日、この時間に残ってる教師なんて殆ど居ないはずだしバレないでしょ。
ちょっとだけボーッとしたら帰るんだから、それぐらいは多目に見てほしい。
(…でも、なんで鍵掛かってないんだろ?)
この屋上の扉は、いつもなら鍵が掛けられいて入ることは出来なかったはず。だから勝手に職員室に忍び込んで鍵を手に入れて来たんだけど…。その必要は無かったんだ。開いてたから。
(…ってことは、誰かいる…?)
そんな疑問は、すぐに肯定されることになる。
ふと香る、煙草の匂い。
学校で喫煙が許されるのなんて、勿論教師しか居ないから…、そこに誰か居るとしたら先生…?でも、屋上でこっそり生徒が吸ってるとしたら、それもまぁあり得るのかもだけど。
「…あ、」
「…あ?」
私の一言とその人の一言。背中に届き、振り向いた瞳が私を認識して「何だお前か」みたいな顔をされる。
「三井先生じゃん。なにやってんの?」
「いやお前こそ。生徒がこんな時間に残ってんなっての」
「へぇ?じゃあ先生は、こんなとこで煙草吸ってお酒のんでいいの?ビールでしょそれ」
「いーんだよ、とっくに成人してるから」
「うーわ!出たよ大人の理不尽!法律上の問題じゃなくても、モラルの問題だと思うけど?」
「……お前、かわいくねーな。モテねーだろ?」
「わー、ひどい。セクハラ〜」
「言ってろ言ってろ」
三井先生は片手のビールをぐいっと傾けると、なんとも幸せそうに天を仰いだ。ビールの美味しさなんてまったくわからないけど、ちょっとだけ羨ましくなった。
三井先生。フルネームは、確か三井寿。体育の先生で、うちのクラスも三井先生の受持ち。
中年以上の先生がほとんどの体育科で、唯一若い年齢の先生だ。黒い短髪にキリッとした眉毛、スッキリとした二重瞼に大きめな瞳。パッと見怖そうだけど、話してみると意外に明るくて適度に力の抜けた熱血漢。抜くとこ抜いて、やるときやれ、みたいなね。私の所属する女子バレー部の隣の女子バスケ部の顧問でもあり、三井先生が来てからは女バスは徐々に成績が伸びているらしい。
元々体育の先生ってだけだったけど、私がバレー部だから顔を合わせる機会はわりと多かった。(同じ体育館内で部活してるからね)三井先生はバスケ部出身で、部員たちに的確にアドバイスをしているところを遠目に見ていて感心するばかりだ。うちの顧問は顧問ってだけで、完全にシロートだからさ。
いつの間にかわりと話す仲になっていた。
バスケとバレーでちょっと通ずるものもあるのか、私のプレーに関してサラッとアドバイスをしてくれたり、どーしようもない雑談をしたり。砕けた話し方をしても全然怒らないし、むしろ、三井先生はその方が楽みたいだった。
「三井先生はなにしてんの?」
「お前知らねーの?」
「え、なにが?」
私がまったく何かわからない風で居ると、三井先生はニヤリと口角を上げた。
「こっち、来てみろよ」
ちょいちょいと、ビールを掴んだ指先で雑に呼び込み、私を隣へ誘導する。
あ、隣、いいんだ?と思いながら、数十センチの距離を置いて先生の隣でフェンスに身を預けた。
「知らなかったにしちゃ、完璧なタイミングだぜ?」
「え、そなの?なにが?」
「ずーっと向こう、まっすぐ見てろよ」
先生が指を指した遠くの夜空。田舎街のそれほど派手じゃない灯りよ上方が、パッと明るくなり大きな花が咲いた。花火だ。ドーン……、遠くから風に乗って、微かに重低音が届く。
「わぁ……!花火!」
ここからは十数キロはありそう。
そっか、今日だっけ。隣の市の花火大会。
そういえば友達たちが、彼氏と行くんだって言ってたっけ。どうして夏休み最終日なのーってぶーぶー言ってたけど、みんなワクワクして楽しみにしてたなぁ。
私は観に行くつもりは無かったし、完全に今日だって忘れてたけど……なんか偶然観られて ちょっとラッキーだ。
「綺麗!テンションあがるー!」
「だろ?特等席だぜ、ここは」
「三井先生、毎年観てるの?」
「去年知った。 たまたま施錠の当番で屋上で涼んでたら…花火が上がってな。来年はビール持ち込もうって決めてた」
「はは、じゃあ一年越しに念願叶った感じなんだ」
「おー、だからいいだろ?大目に見ろよな」
大人と子供の真ん中みたいな、少し悪戯さを含んで三井先生は笑う。
「こんなとこで一人じゃなくて、浴衣姿の美人と観なくていいの?」
「この花火はな、なんつーか…特別なんだよ」
三井先生のその言葉に、少しだけ呼吸がつまづいた。ドキッて、ほんの少し心臓が揺れた。
なにが特別なのかを…私はたぶん知ってるから。
先生は、あっという間に飲み干したビールの缶を置くと煙草を携帯灰皿に押し込んで消した。新しいビールをコンビニのビニール袋から取り出すと、すぐにプシュッと耳に心地いい音が届く。
ごく、ごくと喉をならし、爽快そうに口の端を上げる。その横顔は、懐かしさとか、切なさとか、そういう感情を含んでいるように見えた。
じっと三井先生を見つめる私。その視線に気付いているのかいないのか、遠くの花火を見上げたまま昔話が語られた。
「…昔、付き合ってた彼女が居てな。ちょうど今のお前と同い年くらいのとき」
「…うん」
「アイツとは、ちょっと俺が道を外し掛けてた時に知り合って…ノリで付き合って。でも一緒に居て楽しかったし、好きだって気持ちも勿論あった」
「…うん」
「…でもな、俺が一回離れたバスケ部に戻れることになったとき…、本気でバスケに打ち込みたくて、一方的に別れることを決めた。他校だったから公園に呼び出して別れ話してな。でも、アイツはオレのことを責めなかった」
「…うん」
上っては消えて行く、ずっと遠くの花火を視界に納めながらも、耳ばかりに神経は集中していた。三井先生のその“昔話”に、意識は囚われていた。
「別れてから数ヶ月経って…、高3の夏の最後に花火大会に誘ったんだ。弱小だったバスケ部に戻って、やれることやって…ちょっと力が抜けたんだよな。アイツがまだ俺のことを好きだって言うのはツレたちから聞いて知ってたし、だったら…まぁやり直しても良いかなくらいの上から目線だった」
「…うん」
「…でも、アイツは来なかった」
「…うん」
「当時は、今みたいに携帯なんて持ってなかったからな。一時間待ち惚け喰らってさ。帰った後、家の電話に留守電が入ってた。『三井ごめん、行けなくなった、ごめん』って」
「………」
「その後、お互いに連絡することは無かった。ドタキャンされて、自分から連絡することもプライドが邪魔して出来なかったし。後から聞いた話じゃ、同じ学校のヤツに告白されて…そいつと行ったんだとか。まぁ…お互い多感な時期だったからな。よくある話だよな」
三井先生は、嘲りと懐かしさを含んだ笑みでわらう。当時を思い出している様な、切ない眼差し。
もう何年も前に、この花火を一緒に見上げたかった人で頭のなかにいっぱいにしてるのかな。
「自分勝手に振り回して、傷付けて、アイツの“想い”に甘えた罰だよな、たぶん」
三井先生は、ポケットから煙草を取り出して一口吸うと紫煙が揺らめいた。暗闇のなか、花火の光は遠すぎて此処まで届かない。
それでもこんなに離れた距離で、その花火を見つめるのは何のため?“特別”だと言ったのはどうして?
その答えを知りたいような知りたくないような…、ちょっと複雑な思いを抱えながら、私は彼に打ち明ける。
「…三井先生」
「ん?」
「お姉ちゃん、結婚したんだよ」
「………」
「…でもね、あの時のお姉ちゃんは、本当に三井先生のことが好きだと思うの」
…そう。三井先生が語った“昔付き合っていた彼女”は、私の年の離れた姉だ。
奔放だった姉は、彼氏が変わるたびに私に紹介してくれて、そのなかでも特に印象に残るのは彼のことだった。
姉を唯一振ったひと。姉が唯一追いかけたひと。
私も何度か会ったことがあった当時の彼のことは、うっすらと覚えている。
今とは全然雰囲気が違う長髪で、顔も雰囲気もちょっと恐かった。姉も真面目なタイプじゃ無かったし髪の毛もメイクも派手だったから、悪目立ち(?)するふたりはお似合いのカップルだった。
『お姉ちゃん、フラれちゃったんだよねー、三井に』
『えっ、どうして?わかれちゃったの?みついと?』
『そーそー、三井ね、バスケが大好きなんだって。またやれるようになって、みんなと一緒にバスケを頑張りたいんだって』
『お姉ちゃんのこと、きらいになったの?』
『はは、そうじゃないと思うんだけどね、たぶん。ただ、頑張りたい!って思うときに、どうしても集中したいって思うんだろうね。三井は、強がりの不器用だからさ。一番大切なもの、選んだんだよ』
『大人って、むずかしーね、よくわかんない』
『そーなんだよ!めんどくせーの!でもお姉ちゃん、三井のこと大好きだから応援するんだよ!』
そう言って、アッケラカンと笑った姉のキモチは本物だったんだと思う。だけど、元々恋愛体質で尚且つモテる姉が、必要としてくれる誰かに寄り掛かりたくなった気持ちも今なら理解できる気がする。
“三井”と別れてから数ヶ月後、姉はぽつりと漏らした。“『想うってのは、結構気力をもっていかれるものなんだよねー。三井がバスケに夢中なのを知れば知るほど、アタシの入る隙間なんて無いって思い知らされる』”。
昔話の記憶は曖昧だけど、古びた映像みたいに掠れを刻んで残ってる。姉の少し辛そうな、泣きそうな笑顔が、幼かった私にも切なさの余韻を残した。
”『…って、あんたには難しい話だよね。はは、ごめんね、変なこと言って』”。
確かに幼かった私。未熟な私にはまだわからない大人の感情ってやつが、大好きなお姉ちゃんの顔を曇らせてる…。なにもしてあげられなくて、もどかしかったんだよ。
あれからもう10年は経つだろうか。
なんの運命の悪戯かは知らないけど、教師になった三井先生と私は、高校で再会した。
”元カノの妹”と”姉の元カレ”は、生徒と教師として。
私は三井先生を見掛けてすぐ気が付いた。先生が、あの時の“みつい”なんだって。私が知っているのは、三井先生の言葉を借りて言えば“道を外し掛けてた時”の彼だから、今とは全然雰囲気が違うけど…。それでも、当時の面影はハッキリと残っているし、姉からよく聞いていた名字ですぐ繋がったんだ。
「やっぱそーかよ、お前、アイツの妹か。あのときの…ちびすけか」
「三井先生、気付いてた?」
「あぁ。お前、なんも変わってねーのな。名字も同じだったから確信した」
「でも、今まで訊かなかったね?私がお姉ちゃんの妹だって」
「立場上な。曲がりなりにも俺は教師だから、生徒がらみの、しかも過去の恋愛の繋がりなんてメンドーなだけだろ」
「ま、ね。変な噂は尾ひれが付いて大きくなるから」
「そーいうこと。ガキの癖によくわかってんな」
三井先生は、顔をくしゃっとさせて、ついでに私の髪の毛もくしゃくしゃに撫でる。思わずドキッとするようなシチュエーションだけど、私は胸をときめかせてはいけない。何故なら彼は姉の元カレで教師、私は彼の元カノの妹で生徒だからだ。
「もー、やめて。ボサボサになるじゃん」
「いーだろ別に。今からデートでも無いだろ?」
「えぇそうですよ。帰ってたらふく食べて寝るだけです」
「色気ねーなぁ」
吹き出して笑う三井先生は、やっぱりあの頃の面影を残してる。ちょっと悪そうで、ちょっと尖ってて、からかうような笑顔。
あの時は…無理をしてたんだって。お姉ちゃんが言ってた。強がって、本当に欲しいもを欲しくない振りして。悪ぶることで誤魔化してたんだって。
そんな彼をお姉ちゃんは好きになった。
何となくだけど…わかる気がするんだ。
放っておけなかったんだよね。何かにすがらなきゃ壊れちゃいそうな彼を、もしかしたら姉は支えてたのかもしれない。
だから三井先生は、きっと手放したものの大きさに気付いたんだ。もう一度、やり直したいって思ったけど…、スレ違いだったんだ。
映画でもドラマでも漫画でも、そして数えきれない程の恋人たちにも、何度も使い古された様なありきたりな結末。
だけどさ、何年も経っても思い出されること。
一緒に観るはずだった花火を、辛い思い出のはずなのに『特別』だって言ってもらえること。
最高にカッコイイと思うんだ。
最高に、元カノ冥利に尽きるよね?お姉ちゃん。
「…結婚したってのは…聞いてた。まぁ、共通のツレから連絡があってな」
「あ、そなの?なーんだ。話の流れから、ボロボロに泣き崩れて落ち込むと思ってたのに」
ポツリと三井先生が呟き、私が茶化すと三井先生は呆れた様に笑う。
「ばーか。完全に過去の話だ。大人にはな、そーやってふと思い出す昔の恋バナがあんだよ」
「そっか、曲がりなりにも大人だもんね」
「なんだよ曲がりなりにもって。…ったく、やっぱりアイツの妹だよな、減らず口で生意気なところ、そっくりだ」
わずかに目が細められて、困ったように目尻を下げる三井先生は、私の知らない顔をしてた。
お酒のせい?この花火のせい?
どっににしたって、もとはといえばお姉ちゃんのせいだ。
「…お前も恋しろよ。青春時代にしとく恋も大事だぞ」
「はいはーい!努力しまーす!」
「よしよし。…じゃああと一個だけ、言伝て頼んでいいか?そしたらこの話はもうおしまいな?」
「ん?なんですか?」
三井先生は二本目のビールを飲み干すと、静にのコンクリートの上に置いた。
眼差しは真っ直ぐ。遠くてもハッキリと形を見せる隣街の花火に向いてる。
「…“幸せにな”」
「…うん」
「アイツに…伝えてくれ」
とびきり甘いような、とびきり切ないような。
その一言には、色んな想いが集約されてる様な気がした。
思い出から揺蕩う、過去、現在、未来、そして後悔と祝福。それぞれに馳せる感情は、何年も通りすぎて還っていくのだろうか。“風化”という言葉みたいに。
頑なに閉ざした心は岩みたいに。
ひだまりの様に優しく、雨風の様に厳しく。溶かしたのは時間だったのか、それとも誰かの存在だったのかはわからない。
運命なんてものは曖昧で、すべてはタイミング。
昔何かで読んだ本にそう書いてあった。
三井先生とお姉ちゃんは、タイミングが噛み合わなかっただけだったと思うんだ。
でも、タイミングこそが運命なのかもしれないよね。よくわかんないけどさ。どっちだっての。
あーもう、大人ってホントめんどくさい。
…ずっと、気付いてたの。
三井先生が、あの時の“みつい”なんだって。
お姉ちゃんの元カレなんだって。
ずっと確めたかった。
ずっと伝えたかった。
三井先生は私に姉への伝言を頼んだけど、実は私も預かってるんだよね。
『ねぇ、ビックリなんだけど。お姉ちゃんの元カレの“みつい”が、ウチの学校の体育科の先生やってる!』
『え、マジ!?なつかしー、三井!高校で体育の先生やってんのは友達から聞いてたの!アンタのとこだとは…世間狭ぁ〜!それにしてもよく気付いたね。ってことは、全然変わってないんでしょ三井』
『うん、面影そのまんまで雰囲気やわらかくした感じ?』
『はは、想像つくー!まぁ、でもあれだね。三井が選んだ道は、やっぱり正しかったってことだ』
『…ん?どういうこと?』
『私がフラれたのはさ、三井が、バカやるのやめてプライドなんかも一旦おろして、スポーツマンに戻るって決断をしたからだから』
『あぁそっか…。“三井は不器用だから”って、言ってたもんね、お姉ちゃんあの時』
『よく覚えてるね!そうそう、バスケに集中したいからって理由で私、フラレたのね。でもさぁ、それで今、アイツ体育の先生やってんでしょ?だったら…フラれてやって正解!』
『はは…そうなのかな?でも、お姉ちゃんはやり直したかったんでしょ?』
『そりゃ、ヨリを戻して一緒にいる未来もあったかもだけど…、そんなん今さらだし?あのときはあの時で、タイミングが悪かったんだよ。こうなるのが、私と三井の運命ってヤツだったんだよ。それに…、』
『うん?』
『…嬉しいよ、やっぱり。なんの運命の悪戯か知らないけど、ちゃんとスポーツマンを継続してる三井の“今”を、近いところで知れてね』
私が自分の通う高校に彼がいることを姉に伝えた時、姉は本当に嬉しそうだった。ビックリしてたけど、それ以上に彼が元気で体育の先生をしているって近況に、安堵と喜びを噛み締めていた。
『ねぇ、まだ三井は、あんたがアタシの妹だって知らないんでしょ?』
『たぶんねー、気付いているのかわからないけど、そういう話はしてないよ』
『そっか!じゃあいつか、アイツが気づいたらさ、伝えてよ』
『ん?なに?』
残暑の熱気は、夜になってもまだぬるい。
溜めた昼間の熱を、ゆっくりと放出していくから。
そんな夏休み最後の日、私のものじゃない苦い夏の思い出を、奇妙な関係の彼と共有してる。
真っ直ぐ遠く、閃光の余韻も届かない距離で、あの日と同じ花火を肩をならべて見上げてる。
…そう、まったく奇妙だ。まさに運命の悪戯ってやつ?言葉の響きとは裏腹に、なーんにも甘くないし、むしろビターな気がするけれど。
三井先生にとっても、私にとっても、ちょっとだけ特別な日になった気がするんだ。
そしてきっと、お姉ちゃんにとってもね?
「三井先生」
「あ?」
「“大好きだったよ”」
「………」
「“楽しかった、三井と居て”」
「………」
「“ありがとう”。……私からも伝言、お姉ちゃんから」
風が舞う。ぬるい風。
秋の気配を、ほんの少し混ぜたような。
季節は巡る。
数えきれない春夏秋冬、そして、誰かと誰かの想いも。
一度目の節目は、前向きな決別を。
二度目の節目は、後悔と切なさを胸一杯に。
三度目の節目は、感謝と祝福を。
二度と交わることのない二人が贈り合った。
三度の節目に、ぴょこっと居合わせた奇妙なご縁な私が思うことはただひとつ。
私も、そんな恋愛がしてみたい。
「……あぁ、俺もだよ」
ポツリと三井先生が呟いたのを聞いて、私はそっとわらった。
お姉ちゃん、よかったね。
三井先生笑ってるよ、元気だよ。
やっぱりお姉ちゃんの受け入れた決別は…、間違いじゃなかったと思うんだ。
《Pieces》
20221003一條燐子
《Piece》
↑SLAM DUNK夢 処女作
この夢の数年後のはなし。
もうずいぶん昔のものです。
BLEACH夢ばかり書いていたんですが、ふっと大好きなSLAM DUNKが書きたくなり、思い付くまま書いたのが《Piece》でした。