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□《あなたとあなたの想い人の、幸せを願う店員の1ページ》
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「ありがとうございましたー!喜んでくれるといいですね!」
「ありがとう!渡すのが楽しみだよ」
我ながら上手に出来たラッピングに自画自賛して、ホワイトデー限定の紙袋をにっこり笑顔で渡す。
幸せそうな笑顔を携えて受けとるサラリーマン。
その行き先はどうやら奥さまらしい。奥さまが好きなメーカーのホワイトデー限定の焼き菓子詰め合わせを選ばれて、満足そうな後ろ姿に私も幸せをもらった。
多くのお客様で賑わうここ、ショッピングモールのホワイトデー特設催事場。ホワイトデー3日前の土曜日ということもあり、フロアいっぱいに人が溢れてる。
男性が7割、女性が3割…ってとこかな…。
年齢層は実に様々で、小学生からおじいちゃん、主婦からおばあちゃん…。
バレンタインデーの時よりは人混みはマシだけど、今日は予想通り、今年のホワイトデー期間最大の賑わいを見せている。
(…幸せそーだなぁ)
普段はこのショッピングモールの運営直営店で働いてる私だけど、たまに特設催事売り場に駆り出されることがある。時期によって様々な商品やお客様に出会えるから、やりがいがあって私はこの仕事が大好きだ。
特に、母の日や父の日、バレンタインデーやホワイトデーは自ら志願しちゃうくらい。誰かを想って、誰かのために買い物に来るお客様の笑顔を見たり、商品選びのお手伝いを出来ることに幸せを感じている。
午前中のピークを終え、少し落ち着いた売り場をぐるりと回って商品の補充をする。その間にも色々聞かれたり、この巨大なモールの案内をしたりでそろそろ一息入れたいなぁって思った時だった。
「……わかんねー」
ぽつり。すぐ近くからぼそっとした呟きが聞こえた。商品を整えていた手を止めてその発信元を探すと、すぐ横に立っていた学ラン姿の男の人にたどり着いた。
「いらっしゃいませ!何かをお探しー…」
疲れの上に営業スマイルを乗せてそのお客様を見上げた瞬間…、自分の呼吸が止まった。
「………!」
「………?」
ばちっと視線がぶつかった途端、固まってしまった私を不思議そうに見るお客様。
(ちょっ…!なんていう美少年…!)
私の隣に立っていたその人は、絵に描いた様な美少年だった。見上げるほどの高い身長、スポーツマンらしく、バランスよく筋肉が着いていそうな体格…。長めのサラサラの黒い髪、完璧すぎるほど整った顔立ち。切れ長の目に、通った鼻筋、小さな唇…。
(ま、まずい仕事仕事!)
仕事を忘れて見惚れてしまいそうな意識を取り戻し、ぴしっと背筋を伸ばす。
「お客様、何かをお探しですか?」
「ホワイトデーの…」
いやいやいや!ここに来てるならそうだろ、当たり前のこと聞いてどうする!
そんなうっかりな言葉の選別ミスをやらかすなんてっ…!いや、だって仕方がない。こんなキレイな男の子、滅多にお目にかかれるものじゃないもの。仕事柄、今まで何人も“イケメン”類いのお客様に遭遇する機会はあったけれど…彼はそのなかでもトップクラスの美少年だ。
「どういったものをお探しでしょうか?何か、お菓子の銘柄や、こういったものを、というご希望は御座いますか?」
「いや…まったく…全然わかんねーっす」
「渡される方は…彼女さんですか?」
「そーっす」
淡々と返される言葉にイチイチドキドキしてしまう。彼女…居るんだ。なーんだ残念…なんて、心の中でふわっと沸いたヨコシマな気持ちは一瞬で無かったことにする。
いや、だから仕事仕事!
「お菓子以外にも本当に様々な商品がありますし…。サンプルがあるものも御座いますので、ごゆっくりご覧になってくださいね」
「…どーも」
本音を言えば、ずっとくっついて商品説明をしたいところだけど…、(何しろイケメン)なんとなく、彼はそーいうの苦手そうだなぁと感じて一旦距離を置くことにした。
ぼんやりと陳列された商品を眺めて、数点手に取って確認してみたり、首をかしげて何かを考え込んでいたり…。私はと言えば仕事をするフリをして、彼が気になって仕方がなかった。(や、だって仕方がないじゃない。何しろイケメン)
すると、ある商品の前で彼の動きが止まった。
明らかに変わった反応。単に物色してるんじゃなく、目を奪われてるとか…、そんな感じ。
今がチャンス!と言わんばかりに、職業病…ではなく、売り上げ第一精神!でもなく、ただただ話しかけたいだけの乙女心で近付いた。(や、だって…イケメ…)
「そちら…気になりますか?」
「…猫」
「あ、彼女さん猫がお好きなんですか?」
聞くと、こくりと頷いてかわいい猫のイラストが描かれた円柱の缶を一周させてよく見ていた。
「これ、缶の中身はキャンディーなんです。苺、林檎、桃、ぶどう、レモン…だったかな。私も試食しましたけど、すっごく香りがよくておすすめですよ」
「へぇ…」
「お客様、ご存じですか?ホワイトデーに贈るお菓子には意味があるんですよ」
「……?」
「キャンディーは…“あなたのことが大好きです”なんです」
「………」
私がこう告げた瞬間、彼の意識は此処には無かった。猫柄の缶を握りしめながら、きっと想いは遥か彼方。今日、時間を割いてホワイトデーのお返しを買いに来た行き先の彼女へ。
思わずドキドキしてしまうほどの横顔。
殆ど表情は変えていないはずだけど、微かに、でも強く感じられる“想い”が、そこにはあった。
(いいなぁ…)
ふいに、そんな羨望が胸に浮かぶ。
こんな素敵な人に想われる…ってのは勿論あるけど、ただ、純粋に誰かに想われることは、やっぱり何事にも変えがたいほどの幸せなんだなって…、強く思えた。
「…これにします」
ほんの数秒の後、即決した彼から受け取った商品。それを落とさないように大事に受け止め、笑顔で応えた。
「はい!お包みしますね!」
営業スマイルには自信があるけれど。
今のはきっと自分でも最高な笑顔だったんじゃない?イケメンとかイケメンにくっつきたいとなイケメンと話したいとか…そんなヨコシマな気持ちは…ありましたけど!でも、まぁいいじゃない。
ちゃんとセールスポイントも伝えられたし、お客様の商品選びのお手伝いも出来たし。売り上げとか今日のノルマとか…そんなのも色々あるけれど。
純粋に嬉しかった。いいなぁって思えた。
一期一会のその瞬間に、人が人を想う時間を造れて、共有できて。“造れて”なんて、おこがましいかもしれないけど…。
(やっぱこの仕事、好きだ!)
これからもずっと続けていきたい!って、胸の中からみなぎる大きな活力になったのは本当のこと。
ラッピングはせず缶のまま、このメーカー専用の紙袋に入れてキャッシャーの横へ置いた。勿論要望があればこの上からラッピングするんだけど、かわいい猫の柄が隠れてしまうのは勿体なかったし、袋から取り出したときに、きっととても喜んでもらえると思ったから…。
「お会計失礼しますね」
彼からお札を受け取って、レシートとお釣りを用意する。
さて…目が覚めるほどの美少年との一時はもうすぐおしまい。“お客様”と“店員”だったのが、“赤の他人”に戻ってしまう。
名前も年も知らない、誰か大切に想う彼。
どうが、幸せなホワイトデーを過ごせますように。
そんな想いを込めて、紙袋を彼へと手渡した。
「彼女さん、喜んでくれるといいですね!」
最後に満面の笑みでそう伝えた。改めて真正面から見上げると、本当に本当にカッコいい。彼女はどんな子なんだろうな、こんな人が好きになる女の子はどんな女性なんだろう…?
漠然とそんな考えが浮かび、羨ましいような微笑ましいような感情が沸く。すると…。
「喜ぶ…と思います」
「…え?」
「あいつ…単純なんで」
ほんの少しだけ口角を上げて、ほんの少しだけ目じりを下げて。
ほんのわずかだったけど…確かな笑顔を、私に見せてくれた。
(う、わー…)
きゅんって、心臓を鷲掴みされた様な…そんな瞬間だった。
誰かを想う笑顔は大好きだけど。
こんなイケメンが微笑むともう破壊力抜群だ。
彼が思い浮かべた“あいつ”。イコール、彼の想い人へ向けられた、言葉より伝わる微笑。
「ありがとうございました!よいホワイトデーを!」
歩き始めた背中にちゃんと届くように声を掛けると、少し顔を傾けて軽く会釈してくれたのが最後だった。
いいな、いいなー…。素敵だなぁ。
あんな風に自分の居ないところで、あんな風に思い出してもらえたら…どんなに嬉しいだろう。
(お幸せに…)
背の高い学ラン姿を飲み込んだ人混みをぼんやり視界に映して、祈りに似た願いを胸の中でそっと呟いた。
「ねーねー、見てたよ!今のお客様、すっごいかっこよかったね!」
ポンっと柔らかく肩が当たって、私に話し掛けてきたのは、テナントのアパレルブランドで働く友人だった。
「見てたー?ね、ほんっとイケメンだった!」
「あら、惚れちゃった?」
「まさか!たぶん高校生だよね?さすがにわきまえるって…。なんか、彼女さんのことすっごく大事に想ってるみたいでさ、見てて幸せ貰っちゃったー」
「へぇー!羨ましいねぇ、あんなイケメン!いーなぁ高校生…懐かしい…。…あ、それよりさ、そんなあなたに朗報よ?」
「ん?」
「うちの隣のショップの男の子に、合コン頼まれてるの!セッティングするからおいでよ!」
「えー!あそこのメンズ、カッコいい子多いよね!」
「そーなの!こりゃ期待できちゃうかもよ?」
「行く行く!そっちも今から休憩?私も今からだから作戦ねろーよー!」
「もっちろん!そのつもりでわざわざ此処まで来たんだから!」
…私も、今年のホワイトデーはそりゃ無理だけど、来年は…。
お返しを買いに来た彼氏に、思い出してもらいたい。
“あいつはあれが好きだった”とか。
“あいつはこーいうの喜ぶかな”とか。
目の前に居ないのに、思い出してもらえること…。思い出して、思わず笑顔になっちゃうこと…。
それが、存在感、だよね。
そうやって想える相手が居ること。
そうやって想ってくれる相手が居ること。
そんな奇跡みたいな幸せが、どうか私にも訪れますように…。
END
20200625一條燐子