短文2

□ミッション1、あいつを振り向かせろ!
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ミッション1、あいつを振り向かせろ!

 卵焼きは甘めで、それからキンピラゴボウは辛すぎないように。
 フライパンの鍋肌からみりんを回し入れる。醤油は薄口。菜箸で手早く中身を混ぜると、最後にごま油を少しだけ垂らした。熱した油の香りが漂う。
 ゴボウと人参、煮詰めて照りの出てたところで、燐は一口分を手のひらに取って口の中に放りこんだ。唐辛子は少な目にしてある。しばらく口の中でもそもそと咀嚼してから、燐はうん、と頷いた。
 皿の上にフライパンの中身をあけると、菜箸で平らに広げる。しばらく置いてあら熱を取ってから、ラップをかけて冷蔵庫に入れた。明日の弁当に入れるのだ。
 燐の特技は料理だが、中でも和食には自信がある。料理が得意な燐は、修道院でもよく食事を作っていたが、主に和食と洋食だった。義父が和食好きだったし、弟も薄味が好みだ。
 夕食の残りを保存すれば、翌日の弁当のおかずにもなる。勉強はできないけど、材料を無駄にせず献立を決めるのは得意だ。
 燐は机に広げたメモを見て、うーんとうなった。最初はオーソドックスなメニューの方がいいだろう。最初から張り切りすぎて、引かれたらまずい。
 

「料理上手なコってええよねえ」
 しみじみとした声に、燐は弁当を食べる手を止めたた。
 奥村燐は料理男子だ。
 小学生の頃から当たり前のように料理はしているので、燐にとってはふつうのことなのだが、毎日弟と二人分の弁当を作っていると言ったら、塾生の皆に驚かれてしまった。
 節約も兼ねているし、過労死寸前の弟のために、少しでも栄養をつけさせたい。燐がそういうと、一緒に昼食をとっていた廉造がくだんのせりふを言ったのだった。
「何がいいって?」
「やっぱ彼女がおいしいご飯作ってくれたらうれしいやん」
「かのじょ……」
「奥村くん、今は男もできて損はないで。女子にアピールできるポイントやん」
「ううん……世の中そんなに甘くねえんだよ」
 もてる弟に対抗するため、燐も同じようなことを考え、実行したことがあったが、見事に作戦に失敗したことがある。結局男は顔なのだ。がっくりきて、それ以来料理でもてようなんて考えは捨てた。
 それに。
 燐は二人の会話をまるっと無視して、焼きそばパンを食べている竜士をこっそり盗み見た。今は女の子より、気になる相手がいる。
 燐の視線に気づいた廉造が、ふっふっふ、と気持ち悪い笑みを浮かべた。燐の耳元にこっそりささやいてくる。
「奥村くぅん、俺、協力したろっか?」
「んなっ!」
 反射的に顔を上げた燐の肩に、廉造がなれなれしく腕を絡める。「胃袋から坊を攻略するんもアリやで」と言われて、燐はかあっと顔を赤らめた。
「おっ、おまっ、なんでそれっ」
「いやー、気づかんほうがどうかしとるわ。うちの坊、ほんまにぶいねん」
 あ、心配せんでも黙っといたるから〜、と笑われて、燐はうう、とうつむいた。
 実は燐には今、気になっている相手がいる。……それは廉造の言うように、同級生の勝呂竜士だった。でも相手は同性だ。
 友達になれたことが嬉しかった。最初は本当にそれだけだったのに、竜士について抱く気持ちが、他の友人と少し違うことに気づいてしまったのが運の尽き。
 だって、とても自分が竜士の恋愛対象に入るとは思えない。好きになったところで不毛なだけだ。
「絶対、勝呂に言うなよっ」
 もしばれたら、竜士とは友達ですらいられないかもしれない。
「そんなことないって。割と望みはあると思うで。せやからな……」
 涙目の燐に、廉造が協力したるわっ、と心強い言葉をかける。燐は「志摩……! お前意外といいやつだな」と
 皆から背を向けて、こそこそと話をする二人を、子猫丸と竜士があきれた顔で見ていることも気づかずに。
「まだ女子にモテることを諦めてはらへんのですねえ」
「ほっとけほっとけ。志摩のあれはもう病気や」


 まずは胃袋をつかむ作戦だ。
 廉造いわく、竜士は薄味を好む。
「まじで? だってあいつ、いつも焼きそばパンばっかり食ってんじゃん」
「あーそれはやねえ」
 なんでも、京都人はパン好きなのだそうだ。
「普段の食事が薄味だから、その反動ちゃうんかなあ。とりあえず、普通に食の好みは和食やで」
 燐はううん、と腕を組んだ。毎日の弁当造りに悩んだことはない。彩りをバランスよく整えるのも自然にやっている。でもそれは、身内に食べさせるためだから、気負わずやれているのだ。
 好きな人に……となると、どうしても意識しすぎて、何を入れたらいいのか迷ってしまう。
「そんなん、いつも通りでええんやって。変に凝ったもん作るより、多めに作ったから食べてみてー、って言うた方が、坊も受け取りやすいやん」
「そ、そっか」
 いつも通り。なおかつ、飽きない味で、また食べたいと思ってもらえるような。弁当の条件を挙げると、燐は頭を抱えた。
「……けっこう、難しくね?」

 そんな訳で、燐は定番おかずからチャレンジする事にしたのだった。卵焼きだけは、甘いのかしょっぱいのか好みが別れるところだ。なので、虎屋旅館で食べた味がいいだろうと見当をつけた。どうだったかな……と、虎子さんに電話して聞いてみる。
「あらまあ、燐くん。久しぶりやねえ。元気にしてはった?」
「あ、はい……あの、今日はちょっと聞きたいことがあって」
 京都から帰る時、燐は何故か竜士の父母と連絡先の交換をした。竜士には内緒だ。虎子に、竜士のおかあさんの味が知りたいといったら、急に電話の向こうの声がとぎれた。
「……あの、虎子さん? もしもし?」
 いつもしゃきしゃきした話しかたをする虎子さんなのに、どうしてか声が湿っている気がする。ぐすっ、とくぐもった声も聞こえた。
「ど、どうしたんすか!?」
 な、泣いてる? 俺、なんか変なこと聞いた? パニックになりかけたところで、虎子がやっと返事をしてくれた。
「燐くん……そんなことまで考えてくれはるやなんて、嬉しいわあ」
「……え?」
「なんでも聞いて! なんやったら京都おいで!」
「いや、あの京都までいく余裕はなくって……」
 なんだかよく分からない間に、虎子がいくつかレシピを送ってくれるという話になっていた。これで竜士の好物が分かる。
「ありがとうございます、虎子さん」
「いややわあ、もうお母さんて呼んでくれてええんよ?」
「と、虎子さん……」
 燐には物心ついた頃から母親はいない。やっぱ勝呂の母ちゃんって優しいなあ、と燐はほっこりした。そこまで甘えられないから、とさすがにお母さん呼びは断ったけれど、「そうやね、まだセキもいれてないのに気ぃ早いわなあ。ほほほ」と、電話の向こうで笑い声がした。
 咳? 燐は首を傾げたが、そういえば先ほどから虎子は鼻声だ、と納得した。風邪で咳が出るのだろう。燐はあまり長引かせてもよくないだろうと、急いでお礼を言い電話を切った。
「やっぱ勝呂の母ちゃんって親切だなあ」

  卵焼きは甘めで、それからキンピラゴボウは辛すぎないように。
 外堀が着々と埋められていることを、竜士はまだ知らない。

おわり

…………………………
20170918
診断メーカーより

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