短文2
□寝不足には特効薬
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寝不足には特効薬
※SQ本誌ネタバレあります
今日も勝呂はばたばたと忙しそうだ。
もともときっちりスケジュール通りに過ごすのが好きなやつで、朝から晩まで訓練か勉強か。そんな勝呂がライトニングに、弟子という名のマネージャーになった。
いきなり勝呂が土下座した時はびびったけど、そんなとこもまっすぐなあいつらしい。
俺はライトニングのこと、なんだか怪しくていまいち信用できないけど、勝呂がそんなに尊敬するというなら応援したいと思った。
けどさあ。いくらなんでも、なんでもかんでもしょいこみすぎじゃねえの。
「勝呂ー」
勝呂を久しぶりに学校で見かけた。クラスが違うから、ほんとにたまたま会ったって感じ。同じ特進科の生徒たちに混じっていても、後ろから見ても、勝呂は背筋がぴんと伸びててすぐ分かる。
俺が声をかけると、勝呂は足を止めてくれた。
「なんや?」
「次、移動教室?」
「せやけど」
教科書を持っていたので、あてずっぽうで聞いてみたら、当たったみたい。
それがどうした、と言わんばかりの勝呂に、俺はにっこり笑ってみせた。
「じゃ、クラスの誰かに行けないって言っとかないと」
「は?」
俺は有無をいわさず、勝呂の首根っこを掴んだ。なにすんねん!ってわめいてるけど、力で俺に勝てるわけないんだなあ。
ぎゃんぎゃんわめく勝呂を無視して鍵穴のあるドアを探す。学校ってやつは教室のドアはほぼもれなく引き戸なので、俺は仕方なくトイレまで勝呂をずるずると引きずっていった。個室なら確実に鍵があるからだ。
一番近い男子トイレの中に入ると、何人か先客がいる。けど、俺と勝呂の姿を見るとぎょっとして向こうから避けてくれた。
「どーもどーも」
がちゃり。
俺は愛想笑いをしながらポケットから鍵をだして、回す。
まず勝呂を押し込んで、自分も滑り込んだ。その先にはいつもの、
「奥村! 塾に何の用やねん」
「塾っていうか、二人になれるとこないかなーって」
候補生が鍵を使って行ける場所って、祓魔塾の教室だけですから。
勝呂は仏頂面だったけど、「ふ、二人って」ってうろたえたのが分かった。
「いやいや変な意味じゃなくて。 ……勝呂、おまえすげー隈だぞ」
勝呂の目の下にはまっくろい隈。メフィストかっての。自分の時間を削ってライトニングの世話してんだ、ろくに寝てないんじゃないの。それでも学校を休もうともしないんだから、ここは多少強引にいかせてもらいます。
俺はがたがたいすを引っ張ってきて並べた。上着を脱いで、その上に敷く。気休めでもないよりましかなって。
それからぼへっと突っ立てる勝呂を手招きした。
「はい勝呂こっちー」
「……なにが」
「とりあえず寝よっか。ほら、俺ひざまくらしてやるからさ!」
並べたいすの端っこに座った俺は、勝呂に両手を突き出す。ほらほら。にっこり笑ってみせても動かない勝呂に、こりゃ強引に転がすしかないか?なんて思いはじめた頃、勝呂はようやくのろのろとやってきた。
ごろんと転がる。
「……固い」
「あはは、保健室の方がよかった?」
「そういうことちゃうやろ」
勝呂はため息をつきながらも、俺が勝呂を自分の方へ引き寄せたら、案外大人しく俺の膝に頭をのせた。
「やっぱり固い」
「ごめーん」
「ぜんぜん悪いて思ってへんくせに」
ぶつくさ言ってたけど、俺から見える勝呂の耳が赤いから、かわいいなーってこっそり思った。男の膝枕で悪いんだけど、許してくれな。
壁にかかった時計を見上げる。うん、今二時間目だから、昼まで寝たらたいぶすっきりするんじゃないかな。
あっと言う間に寝息が聞こえてきた。やっぱり、疲れてるんじゃん。俺はよいしょ、と座りなおした。
勝呂は俺より背が高いから、いつもは見上げてて見えないつむじが目線の下にある。短くなった髪のせいで、前より耳や首筋がよく見えた。
そう、勝呂のやつ、心機一転だ、とかいって、髪切ったんだよ。
前は勝呂の髪に指を差し込むと、長めの金髪が指の間をするって通る感触がしたけど、今はそれがなくて、ちょっとだけ残念に思った。
勝呂のあの髪型、俺は気合い入ってて好きだったから。でも、勝呂だから、かっこいいって感じたのかもしれない。俺はじっと目の前の黒髪を見つめた。
短くなった黒髪も、似合っててかっこいいんだ。なにやってもかっこいいってずるいんだよなあ。
寝てる勝呂を起こさないように、髪を触ってみる。ちょっとだけちくちくした。色は違うけど、つんつんの髪型がなんだかひよこみたいだなあって思って、俺はくすっと笑った。
鶏頭の次はひよこ頭か。くすくす笑いながら頭をなでてると、勝呂がみじろぎしたので、俺はやばい、と動きを止めた。
じっとしていると、膝の上……というか、腿の上が勝呂の体温であったかい。なんだかこっちまで眠くなってきちゃったな……。
俺はふわあ、とあくびを漏らした。
その後、俺より先に起きた勝呂に、「寝すぎや!」って怒られた話もする?
「こんなとこで寝たから体バキバキや……」
って、勝呂がグチったから、「じじくさい」って言ったらそれもまた怒られたし。
あ、あと、俺が勝呂をトイレに連れ込んだ話がどうやら噂になったみたい。いつもまじめな勝呂が、授業さぼったあげく、クラスに戻ったと思ったら腰が痛いってさすったりするからだよ……。俺のせいじゃない。うん。
勝呂と俺がトイレで何してたって言うんだろうな。はっはっは。
そんなこんなで、今日も勝呂は忙しい。
「勝呂ー、ちょっと分かんないとこあんだけど」
「ああ?どこや」
それでも、頼めばちゃんと俺の相手も(少しだけど)してくれる。ライトニングの世話係も、文句いいつつこなしてる姿が生き生きしてるように見えるのって、俺の気のせいかな?
「勝呂お」
「なんや。ちゃんと分かったんか?」
顔をしかめて俺の教科書をみていた勝呂を、俺は眺める。最近は前みたいに、目の下におおきなクマを飼うことはなくなった。それでも一応、
「疲れたらまたひざまくらしてやるけど、今はどう?」
って聞いてみた。
勝呂は目をぱちぱちさせたけど、あっさり返事をする。
「ええわ。今度はちゃんと布団で寝るから」
「あ、そうですか……」
ちえ。ひざまくら、お断りされちった。……ん? いや、別にそこがっかりするとこじゃないよな。
俺は勝呂が倒れる前に、休ませてやりたかっただけなんだから。うん。自分でちゃんと寝るのが一番いい。
けど、なんだか少し残念だなって。
……残念? いやいやいや。
俺はぶんぶん頭を振った。目を上げてびっくりした。勝呂がじっとこっちを見てるもんだから。
「なんや、添い寝はしてくれへんのか」
「そ、そいね!?」
勝呂らしくない冗談言うから、俺は声がうわずってしまった。冗談なのに、勝呂の顔、真顔だし。
俺は動揺をさとられまいと、わざと偉そうに応える。
「す、勝呂がして欲しいなら、してやってもいいぞ」
「よぉし、言うたな?」
にやっと笑う勝呂に、なぜだか心臓がどきっとはねた。
勝呂、かっけえんだもん。
「ほな今日の夜、俺の部屋な」
「は……?」
え、まじ? 本気で? え? え?
焦る俺を置いたまま、勝呂はさっさと行ってしまった。なんなんだよ。ひざまくらの仕返し?
でも、そんなに怒ってるようには見えなかったんだけど……。
おかげで俺は、夜まで悩むハメになった。
今度は俺が寝不足になる番みたい。
おしまい。