短文2
□In principle.
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In principle.
えっちなことしたい気分、というのは、いきなりやってくるから困る。
下半身がむずむずして、やばい、と思った時にはもう我慢できなくなってる。
俺の恋人はあんまりそんな風にならないみたいで、俺が誘っても、三回に一回は断わられちゃうんだけど。
「お前はいつも突然すぎんねや」
ってさ。
えー。だって、いつそんな気分になるかなんて、事前に分かるわけねーだろ。なのにその言い方、ひどくね?
勝呂はいっぺんだめっつったら絶対意見を曲げない。そーゆーとこかっこいいなあって思うけど、それとこれとは別だろ……?
* * *
まぶしい日差しの下、青い海はどこまでも広がっていた。
俺は早速ひゃっほう!と海に飛び込んで、盛大に水しぶきをあげる。
「ちょっとぉ!気をつけなさいよっ」
出雲がぷんすか怒ってるけど、心なしか、いつもの迫力がない。
今日は塾のみんなと海にやってきた。任務がらみじゃなく、純粋なレジャーに皆と来るのって初めてで、俺なんか楽しみすぎて、昨日の夜あんまり眠れなかったくらいだ。
「あんま遠くいくなよー。責任とれんからなーアタシに迷惑かけたやつはあとでシメる!」
そーいうシュラの足下には、すでに缶ビールの空き缶が数本転がってる。すげえな。
せっかくの夏休み、一日くらいは遊びたい!って俺と志摩がぎゃんぎゃん騒いだおかげで、シュラが「んじゃ連れてってやる」って言ってくれたんだ。もっとも、当の本人はビーチパラソルの下ですでに呑んだくれているので、引率としては失格っぽいと思うんだけど。
「あれ絶対、自分がのみたかっただけよね……」
って出雲がつぶやいてたけど、まあそうなんだろうなって納得した。
俺は別に、口実に使われたんだろうがなんだろうが気にしない。
だって夏だぞ?海だぞ?
楽しいに決まってんだろ!
ノリの悪いやつも一部いたけど、みんなで海ではしゃいで、海の家の屋台で飯食って、すんげー満喫した。
「疲れたー!」
ひとしきり遊んだ俺は、ちょっと休憩しようと、皆と離れて一人で波うち際に座りこんだ。
足下に押し寄せる波がさあっと引く度、なめらかな砂が足の下をさらさら流れる。後ろに手をつくと、海で冷えた体に、砂の熱が心地よくてうっとりした。
上を見上げたら、真っ青な空。
遠くにしえみと出雲が浮き輪でぷかぷか浮いてるのが見える。あいつら、なんだかんだで仲良くなったよなあ。
近くにピンクの頭が浮いたり沈んだりしてるのは、志摩だな。あ、出雲に沈められてる。
後ろを見たら、宝先輩と子猫丸はシュラとは別のパラソルの下でなにやら和んでるし、みんな楽しそうだ。
ほんとは雪男も来て遊べばいいのに、あいつは忙しいだのなんだのって理由をつけて、来なかった。多分酒乱のシュラ(あ、だじゃれじゃないぞ)の面倒押しつけられんのがやだったに決まってる。
もう一人、遊んでる暇ないって言って渋ってたやつがいたけど、そいつは志摩と子猫丸が説得して連れてきてくれてた。俺はきょろきょろあたりを見回して、お目当てのそいつを探す。ちょうど海から上がってきたところを発見したので、俺はぶんぶん両手を振った。
「すーぐろー!」
「……なんや」
低い声で返事を返してきたのは、そう、勝呂くん。水着に着替えてはいるものの、ちっとも遊んでくれやしねえ。最初のビーチバレーには参加してたけど、その後はなぜだか一人でひたすら泳いでいた。その様子はさながら何かの訓練みたいだ。
ざばざば足首に寄せてくる波を踏んづけながら、勝呂が海から上がってくる。俺は急いで立ち上がり、勝呂のそばまで駆け寄った。
「なあ勝呂、一緒に泳ごーぜ!」
「いやや」
つ、冷たい。にべもなく断られて、さっさと海から上がってしまいそうな勝呂の腕を、俺は慌ててつかまえた。
「俺と二人がいやならさ、みんなと遊ばねえの? せっかく来たのに、もったいないだろ?」
俺がそう声をかけると、じろりとにらまれた。やっぱり不機嫌そうだ。でも、そのくらいじゃめげないもんね。俺、勝呂と遊びたい。
「……別に」
勝呂はそっけなく言うと、ずぶ濡れの前髪をかき上げる。水滴がぼたぼた落ちた。
「勝呂……」
普段ならきっちり上げてる前髪が乱れてる。いつもと違う勝呂を、俺はつい見つめてしまった。水着だから当たり前なんだけど、勝呂は上半身に何も着てない。水に濡れて光る肌がなんかエロいなあ、なんて、俺はぼうっと勝呂に見とれる。一度そういう目で見てしまったら、意識をそらそうとしても難しい。急に心臓がどきどきしてきて、俺はぱっと勝呂から手を離した。
勝呂は「もうあがるわ」と言って、俺を置いてすたすた歩いてってしまったけど、俺はちょっとそれどころじゃなかった。
(や、やばい……っ)
慌てて水の中に座りこんだせいで、ばっしゃんって水しぶきが上がる。勝呂が驚いたみたいに、「なんや?」ってこっちを向いたけど、俺は返事なんて出来ない。
急に静かになった俺を、不思議に思ったんだろう。勝呂は訝しげな顔になった。
「気分でも悪なったんか?」
「な、なんでもない……!」
なんでもないどころか、俺はとんでもないことになってた。勝呂は一度俺を置いて向こうまで行ったのに、引き返してこっちに歩いてくる。
逃げようにも立ち上がれないもんだから、俺は座りこんだまま、勝呂を見上げるハメになった。
「こっ、こっち来なくていいよ……!」
「なんや顔赤いで? はしゃぎすぎたか?」
「だっ、だいじょーぶだってっ」
悪魔でも熱中症になるんか、なんて心配してくれてるけど、勝呂のせいで俺、余計具合悪くなるから。まじで。
「燐、どうかしたの?」
俺たちがなにやら揉めているのに気づいたのか、しえみまでこっちに来ようとする。俺は慌てて勝呂の影に隠れた。
「何なんや奥村……」
「す、勝呂っ」
手招きすると、勝呂が俺の方に身を屈めてくれる。俺はこっそり耳うちした。
「あのさ、俺……勃っちゃった」
「何?」
聞き取れなかったみたいで、眉を顰めて聞き返す勝呂に、もう一度言う気になんてなれない。俺は思い切って勝呂の手を取った。膨らんだ海パンの前を触らせると、流石に分かったのか、勝呂はギョッとして目を剥いた。
「おまっ……、アホか!なんでこないなとこで」
「しっ、仕方ねーだろ!」
「とにかくトイレでも行ってなんとかせえやっ」
「んな状態でみんなの前に出られねーよっ」
小声で言い合っていると、遠くで遊んでた他の奴らの視線までこっちに向く。
「奥村くん、どないしたん?」
子猫丸の顔が勝呂の後ろから覗くやいなや、勝呂はすごい勢いで俺を抱え上げると、驚く間もなく俺のことを背負った。
「なんやこいつ、気分悪いらしい! 上がるわ」
「えっ」
「大丈夫なの?」
口々に声がかかる中、俺はとっさに勝呂の背中に顔を伏せた。
「ちょっと休ませたら治るやろ。な、奥村! のぼせたんやろ?」
俺は俯いたまま、勝呂の必死の言い訳に合わせてこくこく頷く。俺のムスコは、おさまるどころか勝呂の体温のせいで余計に元気になってきた。ばれるわけにはいかない……!
ダッシュする勝呂の背に揺られて、俺たちはみんなの前から逃げ出した。
ばたん、って音で、俺は顔を上げた。薄暗い部屋。そこは海の家備え付けのシャワー室だった。シャワーブースの外に、備え付けの長いすとロッカーがあるだけのよくある作りだ。
俺は一番入り口に近いシャワー室に下ろされた。っていうか、放り込まれた?俺を置いて勝呂が無言で出て行こうとするもんだから、俺は焦って勝呂の腕を掴んだ。こんな状態で一人にされるなんて冗談じゃない。
「……なんや!」
赤い顔で睨まれる。俺は一瞬躊躇したけど、思い切って聞いてみた。
「勝呂、行っちゃうのか?」
「俺がおってもしゃーないやろ。運んだってんから、後は自分でなんとかせえ」
「えーっ! 冷たい!」
そういわれると思ってましたよ。けど俺は、顔を背ける勝呂を逃がすまいと、がばっと抱きついた。せっかく二人きりになったんだから、一人なんてやだ。
「勝呂のせいだから、勝呂がなんとかして」
「はあっ? なんで俺のせいやねん。アホか」
勝呂の「なんで」は今日何回目だろ。けど俺はめげなかった。
「勝呂がエロいのが悪い」
わざと足を勝呂にすり寄せる。勝呂の背中で揺られたせいで、俺の中心は完全にやばい状態になっていた。勝呂だって、俺を負ぶってたんだから分かってたはずだ。だからこそ、いそいでここから出ていこうとしたに決まってる。
はあ、とため息をつくと、勝呂は「意味がわからん…」とこめかみを押さえる。こりゃもう一押しかな、と、俺は上目づかいに勝呂を見つめた。
「なあ……」
誘ってんのに無視すんなよ。
そんな心の声が聞こえたのか、勝呂の首に手を回してもほどかれなかった。ほっとして目を閉じたら、少しだけためらうような間があったけど、キスしてくれる。
勝呂の唇はすぐ離れちゃったけど、俺は嬉しくなって、勝呂に巻き付いた手に力を入れた。
「勝呂……だめ?」
わざと甘えた声を出したら、勝呂がふかーくふかーくため息をついた。