短文2

□奥村くんの友達
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奥村くんの友達





「でさあ、勝呂が寮の玄関で待っててくれてさあ!」

 さっきから奥村くんは、目の前のお弁当にはほとんど手をつけず、特進科の勝呂くんの話ばかりしている。
 奥村くんと僕がお昼を一緒にとるようになったのは、ここ最近のことだ。悪魔の影に怯えて、ノイローゼ気味になっていた僕を奥村くんが助けてくれたのがきっかけで、僕らは友達になった。彼には失礼なことを言ってしまったのに、奥村くんは笑って許してくれたんだ。
 僕らの通う正十字学園は、それなりに偏差値の高い学校だ。特進科は中でも特にレベルが飛び抜けて違うけど、普通科でも、そこそこ頑張ってないと入学できない。だから僕は、この学園に入るために中学ではかなり勉強したつもりだ。
 それなのに奥村くんときたら、この学園ではまるで異質だ。授業中はずっと居眠りしているし、テストも明らかにやる気がない。授業が終われば真っ先に帰ってしまうので、クラスの誰とも話しているのを見たことがなかった。
 クラスメイトのほとんどが、奥村くんのことを見て見ぬ振りをしていたと思う。どうしてこんな生徒がこの学園に?と言うのが正直な印象だった。申し訳ないけど僕は、ずっと彼に関わらないようにしていたくらいだ。だって、因縁つけられたら怖いじゃないか。
 肌身離さず背負っている細長い包みも中身は木刀か竹刀かって感じで、見るからに物騒だし。ただ彼は、教室で問題を起こすことはなかった。僕らはみんな、奥村くんのことを腫れ物に触るようにやりすごしていた。
 あの時までは。
 僕が黒い影を目にするようになったのはいつ頃からだったか、覚えていない。でも気がつくと、人混みの中や教室の中、あの不気味な影はいつでも僕に付きまとっていた。周りの人には全く見えていないというのも恐怖だった。自分の頭がおかしくなったのかって心配で、僕はただ怯えていることしかできなかった。
 こんなの、誰にも相談できない。
 それなのに、僕が怯えているのを見て、声をかけてくれたのが奥村くんだったんだ。奥村くんはバカにするどころか、意外なほど親身になってくれた。
 僕が見ていたアレは悪魔で、さらに聞けば、奥村くんは祓魔塾に通っていると言う。
 祓魔師という職業があるのは知っていたけど、実際に会うのは初めてだった。悪魔が本当にいるというのも驚きだったけど、現実に目の前にいるんだから信じるしかない。正確には奥村くんはまだ祓魔師の卵で、修行中の身だという話だったけど。
 実際に話してみれば、奥村くんはよく笑うし、ちっとも怖い人じゃなかった。むしろびっくりするほど人なつっこくて、どうして友達がいないんだろうと不思議に思うくらいだ。もっとも僕だって、彼のことを見た目だけで怖いと避けていたんだから、偉そうなことは言えないんだけど。
 
 それはともかく、いつの間にか僕らはクラスでよく話をするようになって、なんとなく流れでお昼も一緒になることが多くなっていた。
 奥村くんの話題は、だいたい勝呂くんのことと、好きな人のことと、あと弟くんの愚痴だ。
 僕らが話をしているのを見て、クラスメイトも、奥村くんに対する敷居が低くなったみたいで話しかけてくるようになった。
 今日も奥村くんは、隣の席の女子に挨拶されただけで顔真っ赤にしてた。
 なんかかわいいなあって思う。
 男にかわいいってのもへんな話なんだけど、それには理由がある。
 奥村くんは今、初恋の相手に夢中なんだ。どうやら「友達にコイバナ」をすると言うシチュエーションも嬉しいらしくて、昼休みはひたすらその相手について語っている、なんてこともある。そんな奥村くんを見ていると、怖い人だと思っていたのが嘘みたいだ。
 たまに、「そんなことまで言っちゃうの!?」ってことも話してくれるけど、目をきらきらさせてる奥村くんは微笑ましい。


 彼の好きな人は、「優しくて」「頭がよくて」「おっぱいが大きい」んだそうだ。最後はちょっとどうなのかと思ったけど、正直な奥村くんらしい。相手は同じ祓魔塾に通ってて、祓魔師を目指す同志でもあるんだそうだ。
 奥村くんが授業が終わるとすぐに姿を消してしまうのは、塾に通っているからだというのも、話をしているうちに分かってきた。
 奥村くん、声が大きいしね……。僕一人に話してるつもりだろうけど、クラスのみんなにも聞こえてるんじゃないかな。
 好きな人と昨日は一緒に帰れたとか、体育の時間に走ってるのが見えたとか、割と些細なことでも奥村くんは嬉しそうに話す。
 奥村君とその子の間は、何も進展していないようだけど、唯一嬉しそうに見せてくれたものがある。奥村君が授業中いつもしているヘアピンだ。
「前髪がじゃまだっていったら、これ使えって、くれたんだ」
って、それはそれはとろけそうな笑顔で、見ている僕の方が恥ずかしくなるほどだった。
 もらったのは、まだ相手を好きだと自覚する前だったらしいけど、それ以来ずっと使っているんだとか。そりゃあ自分の為を思ってくれた物だから、嬉しいに決まってる。
 だけど。
 にこにこしている奥村君を見ていて、疑問に思うことがある。
 奥村君は、告白する気なんてないって言うけど、どう考えてもポーカーフェイスのできるキャラじゃない。もしかして、もうとっくに態度でばれてるんじゃないのかな。
 どうしてか奥村君は、うまくいく可能性が全くないと思いこんでいるけど、ひょっとしたら、相手の子はもう気づいている……なんてことないんだろうか。
 勉強をみてもらったり、なにかと心配してくれているようだから、話を聞く限り、嫌われているとは思えない。むしろ相手も奥村君のことを意識してるような気がする。
 こういうことは、えてして当事者よりも、周りの方がよく見えたりするものだ。
 だけど、本人が黙ってるっていうのを、僕がどうこう言える訳ないしね。

 中身のほとんど減ってないお弁当箱を見て、僕は、
「奥村くん、そろそろ昼休み終わっちゃうよ」
と、促した。
 いっけね、と言って、急いで箸を動かし始めた奥村くんを眺めながら、僕は何の気なしに聞いてみた。
「その好きな人って、塾の人なんだろ?同じ塾の友達には相談しないの?」
 奥村くんは僕のことを「初めて出来た友達」だなんて嬉しそうに言う。かえってこっちが恥ずかしくなるくらい。
 友達がいないって言うけど、奥村くんには普段よく一緒にいる友達がいるじゃないか。
 大人しい生徒の多いこの学校の中で、異様に目立っていた関西弁の生徒たち。髪がピンクだったり、真ん中だけ金にしたパンキッシュな頭だったり……、あ、あともう一人、背の低い眼鏡の子がいる。あの三人は、たいてい一緒に行動していていやでも目を引く。そして奥村くんは、たまに教室の外で見かけたときは、たいていその三人のうちの誰かと一緒にいた。
 でも僕がそう言ったら、「だ、だけど、クラスで普通に話せる友達って醍醐院が初めてだから」なんて、奥村君は口ごもる。
「それに、こんな話、あいつらには出来ないし」
 そういって奥村君は、頬を染めた。
「迷惑だったなら、ごめん」
 しゅんとうなだれてしまった奥村くんに、迷惑だなんて思っていなかった僕はあわてた。
「僕でよければいくらでも聞くけど、本人を知ってる人なら、もっとちゃんとアドバイスとか出来るんじゃないかなって」
 ほら、僕は見た目通り地味だし、彼女だって出来た試しがない。奥村くんの相談相手としては、役に立てそうにないんだ。
「話聞くくらいしかできないけど、いいのかなって思っただけだから」
 僕の言い分を聞いて、ぱあっと明るい顔になった奥村君は、ほんと分かりやすい。
「あいつらに相談なんかしたら、絶対、バカにされるに決まってんだよ」
「え、そうなの?」
「うん。それに、あいつらいつも一緒だし、相談したら、絶対本人に伝わっちまうし。俺は見てるだけで十分だし……」
 そっか、祓魔塾で一緒なんだもんね。さすがに身近すぎる相手にはそんな話するのは恥ずかしいのかも。
 それにしても、見てるだけで十分だなんて。奥村くんなら、大丈夫じゃないのかなあ。
 僕がそういうと、奥村くんは両手をぶんぶん振った。
「む、むりむり!俺なんて絶対そんな風に見てくんねえって!」
「そんなの分からないじゃないか」
「とにかくだめなんだって!それにさ、俺のせいで、迷惑かけたくねーし」
 そんなに絶賛する彼の相手って、一体どんな女の子なんだろう。さすがに気になってきた。
「写真とかないの?」
「写真かあ……。ほ、欲しいなとは思うけど、いきなり一緒に撮ってくれって言うのは変だし、恥ずかしいし……。あっ」
 奥村くんが何かを思いついたように、携帯を取り出した。
「皆で撮った写メならある」
 そう言って見せてくれた携帯の画面には、いつもの三人組と奥村君、それに隅っこの方に、金髪の女の子がいた。写真目線じゃないから、偶然一緒にとれたのかな?
 ……学校で見たことのない子だけど、柔らかそうな髪、ピンク色のほっぺた。確かにすごく可愛らしい。
 横顔が写ってるだけなんだけど、同じ画面にいるの、これだけなんだーと嬉しそうに携帯を見て微笑む奥村君は、本当に幸せそうな顔だった。……なんていうか、ほんっと、健気なんだね。
 一緒に写真を撮ってって頼むのも、確かに勇気がいる。自分に置き換えたら絶対無理だ。
「そうそう、そうなんだよ!」
 奥村君が大きくうなずいたところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。あわててお弁当の残りをかき込む奥村君と一緒に、僕も机の上を片づけ始めた。
「かわいい子だね」
「ん?」
「奥村くんが好きになるの分かるよ。優しそうだし、」
 もぐもぐほっぺを膨らませた奥村くんは、首を傾げた。あれ、僕なんか変なこと言ったっけ。
 これまで僕は、時間さえあれば奥村君の『好きな人』の話を聞かされてた。
 結構厳しいところがあるみたいで、今日も勉強しろって怒られた、なんてしょっちゅう言ってる。でも奥村君にとってはそんなやりとりも嬉しいらしいから、なんていうか、惚れた弱みってすごいんだなって、僕は単純に感心してたんだ。
 だけど、写真で見た彼女は、どちらかというとほんわかおっとりって言うほうがあってるイメージだった。人は見かけによらないっていうか。あんな子が、奥村くんを叱りつけてるなんて、ちょっと想像できない。
「ギャップ萌えっていうやつなのかな、なんて」
 奥村くんは口の中のお弁当をごくりと飲み込んだ。
「そうだなあ。たしかにあいつ、ギャップすげえよ。不良みたいな見た目なのに、すんげえ真面目だし。けど、可愛いかなあ…?どっちかってーと、かっこいいと思うんだけど」
「えっ」
「えっ?」
 噛み合わない話に、僕たちは顔を見合わせた。
「奥村くんの好きな子って、さっきの写メの子だよね?」
「うん、そうだけど…誰にも言うなよ。勝呂は、俺が好きだなんて知らねーんだから」
 それで僕はやっと、自分が勘違いをしていたことに気づいた。と同時に、昼休み終了を告げるチャイムが教室に鳴り響いた。

 奥村くんの「好きなひと」と「勝呂くん」がイコールだったなんて!
 気づいてみれば、確かに奥村くんは、同じ人のことを話していたのだと分かる。きっと僕が鈍すぎたのだろう。
 奥村くんが塾の友達へ相談するのをためらう理由も分かった。相手が相手だもんなあ。
 けど、きっと奥村くんのこと、知ってると思うよ。だってさ。
「奥村」
 ホームルームが終わった教室に、トサカ頭の彼が顔を覗かせた。
 近頃、授業が終わると、勝呂くんが奥村くんのことを迎えに来るんだ。奥村くんは、「俺がさぼらないか見張ってんだよ」って言うけど、こっそり喜んでいることくらい、僕は分かってる。
 それから、勝呂くんが彼に構うようになった理由も、多分。
 奥村くんが鞄を抱えて勝呂くんの元に走り寄った。一言二言言葉を交わしてから、僕にひらひらと手を振る。
「じゃあ醍醐院、また明日な!」
「うん、また明日」
 僕が手を振りかえすと、奥村くんはにかっと笑って教室を出ていった。尻尾が機嫌よく揺れてるのが見える。あの尻尾は普通の人には見えないんだって聞いた。奥村くんは後ろを向いてしまったから知らないみたいだけど、勝呂くんは、僕が彼の尻尾をつい見てしまうのが気に入らないみたいだ。何も言わないけど、じっとこちらを凝視してから、奥村くんの後を追う。
 そんなことが何回かあって、何もないと思う方がおかしいよね。
 勝呂くんは、ひょっとして僕をけん制してるつもりなのかなあと思って、僕はつい笑ってしまった。
 奥村くんが、どれだけ「好きな人」のことのろけてるか知ったら、彼はどんな反応するだろう?
 僕は多分、今のところ唯一、彼が秘密を打ち明けている人間だ。その秘密はそろそろ秘密じゃなくなるんじゃないかと、僕は思う。
 勝呂くんも僕なんか警戒してないで、早く素直になればいいのに。
 僕は奥村くんの友達なんであって、「好きなひと」じゃないからね。
 明日も相談と言う名の惚気を聞かされるのかと思うと、少し楽しみになってきた。


おしまい

………………
20140608

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