短文2

□ピアス
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考えごとをしていると、無意識のうちに手がピアスをいじっている時がある。




「なあなあそれ、俺にもやらせてくんね?」

たまたま教室で二人になった時やった。珍しく早めに来た奥村が、さらに珍しく静かにしていると思ったら、唐突に言いだした。
それ?
俺の顔に何のことやと書いてあったんか、奥村は俺の顔を指さす。行儀が悪いなと顔をしかめる俺を、キラキラした目が見つめてた。

「ピアス!いっぺんつけてみてーの」
「はあ?お前には無理やろ。どないして」

奥村の傷はすぐに治る。故にピアスホールなど開けても、すぐに塞がってしまうだろう。

「違う違う。勝呂の、やらせてくれよ〜」

何でも、前から気になって触ってみたかったのだと言う。変なことに興味を持つものだ。
まあ、自分が出来ないから、というのはあるか。
別にかまへんけど、と、右側に着けてたやつを外して渡してやった。
奥村はぱっと顔を明るくすると、いそいそと俺の隣に腰掛ける。
そんなおもろいもんかな。

ところが、張り切って俺のピアスを手にしたくせに、奥村はなかなか装着しようとしてくれない。
穴のあいた耳たぶを触って、わーなんかコリコリしてる!なんて遊んどるから、しびれを切らした俺は声を上げた。

「はよせえよ」
「なんか、穴空いてんの痛そうなんだけど…」

今頃何言うてんねん、と俺は呆れた。

「開けてだいぶ経つんやから、もう痛くもなんともないわ。で、やるんかやらんのか」

ピアスを取り上げようとしたら、奥村は慌てて「やります!やらせてください!」やて。

俺が前向くと、奥村はしごく真面目に「じゃあ、やるぞ」なんて言うもんやから、笑いそうになる。
やがて奥村が俺の耳たぶを軽く引っ張った。よっぽど間近で見てるんか、ちょうど首筋に息がかかる。
目だけで横見たら、奥村の顔がめっちゃ近くにあった。
えらい真面目な顔して……なんか、変な感じやな。
ピアスを持った手がぷるぷるしとる。

「勝呂!動くなよっ」
「俺は動いてへん!頼むから穴開けてるとこにちゃんと差せよ」
「だいじょーぶだって。じっとしてろよー」

言う割に、なかなかピアスがハマらない。ずっと触られてるせいか、耳がじわりと熱を持ってきた。
待っているのがだんだん落ちつかなくなってきて、俺は目をそらした。

「奥村、まだか〜」
「ま、待って……なんか、違うとこに突っ込んじゃいそうで怖い」
「おいおい、頼むで」

奥村は耳たぶを摘まむ角度を変えたり、座りなおしたりしてる。
なんか、こっちまで緊張してきてんけど……。
奥村の馬鹿力で、新しく穴を開けられたらたまらない。
つい肩が揺れた拍子に、俺の方に身体を寄せていた奥村に、ぶつかってしもた。

「あっ」

小さく声を上げて、奥村がしゃがみこむ。どうやらピアスを落としてしまったようだ。
悪いけど、離れてくれてほっとした。
俺も椅子をずらして下を覗きこむ。
幸いすぐに見つかったみたいで、奥村はしゃがんだまま手を上げた。広げた手の平に、ピアスを乗っけてる。

「ごめん……これ、消毒とかした方がいいのかな?」
「あー…」

俺は奥村からピアスを受け取ると、ポケットから出したハンカチでくるむ。
別にそのまま着けても問題はない。せやけど、奥村にまた耳触られるんは、なんかもう、……無理やわ。すまん。
奥村はしゅんとしてしもて、ちょっと可哀想かなと思った。ついフォローしてしまう。

「他人のやから怖いんちゃう?」
「えー。でもさ、自分の耳だと自分で見えないじゃん。失敗しそう。勝呂は自分でやって怖くねーの?痛くない?」
「うーん、最初だけな。それもちゃんと準備してやったら、たいしたことあらへん」
「へー!すっげー!かっけえなっ、勝呂!」

奥村……。褒めてくれるんはえーけど、俺の足元に跪いたまんまやで。なんかこのポーズ、微妙。
奥村は気にしてないんか気付いてないんか、座ったカッコのまま俺を見上げてる。

「あのな奥村」
「さっきはちょっと俺がビビっちゃったけどさ、またやらせてくんないかなあ?」
「やるんはええけど、穴に通すだけやろ?別に痛くもなんともないんやからパパッとやれんの」
「勝呂は慣れてるだろうけどさ、俺初めてなんだぞ!無茶言うな!」
「あー分かった分かった」

分かったからそろそろ立ってくれへんかなあ。なんか俺が説教しとるみたいやん。
俺がそう促す前に、ガラガラガラっとすごい音がして、教室の戸が開いた。

「なんだっ!?」

奥村がぴょこんと立ち上がる。
二人で首を伸ばすと、入り口に折り重なるようにして、塾生達が倒れこんでいた。なんやぎゃあぎゃあ騒いどる。

「あーあーいいとこやったのに」
「ちょっと、押さないでよっ」
「燐ごめんねっ、邪魔するつもりはなかったのっ」

俺達二人は顔を見合わせた。
そう言えば、もう授業が始まる時間だ。

「なんなんだお前ら、ずっとそこにいたのか?」
「邪魔ってなんや?」

奥村と俺の疑問に返事はなく、志摩はにやにや笑っとるだけやし、出雲はぷりぷり怒っとる。宝は相変わらず何を考えてるかわからない無表情やったけど、皆と一緒にいたんやろう。

子猫丸だけが、

「あの、差し出がましいようですが、そういうんは出来たらご自分の部屋とかでお願いします」

と言って、ぺこりと頭を下げた。

「そういうんって何や……?」
「さあ」

奥村も俺も首を傾げたけど、誰も答えてはくれなかった。
奥村が急に何かに気づいたように、俺の方に顔を近づけてくる。

「勝呂もしかして、そのピアスって悪魔とか必殺技とか封印してたりすんの…?」
「……アホかっ」

普通に着脱しとるわい!
ふーん、と頷いてから、奥村はこそこそと、「じゃあまた今度試させてくれよな」と耳打ちしてきた。
それを見た皆が、俺らからぱっと目を逸らしたと思ったんは、気のせいか……?
講師が姿を現して、俺が釈然としないまま塾生達が席につく。
奥村も注意されて、バタバタと自席に走って行った。



何気なく触った右耳が、なんとなくすうすうする。風呂や寝る時以外はつけっ放しのピアスが無いからや。
その耳たぶが、まだちょっと熱を持ってる気がするんはなんでやろ。



おしまい


………………

20140605

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