短文2

□恋せよ十代
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恋せよ十代



目の前にはこちらにつむじを向けて、かりかりノートに向かっている同級生がいる。
同級生ってか、ぶっちゃけ、こいびと。しかしカノジョではない。
奥村燐との関係が、友人から恋人と言うものに変わって数ヶ月。本当なら恋人になって一番楽しい時期なのだろうと思う。……の、はずだ。

「……これでどーだ?」
「どれ?見せてみ」

相変わらずミミズののたくったようなきったない字を、どうにかこうにか判読する。残念ながら、すべて正解とはいかなかったが、それでも燐にしてはましな出来だった。

「まあ、こんなもんやろ」
「まじ?やったー!」

いうなり、ぐったりと机の上に伸びた燐の頭を、ノート片手に勝呂は軽くこづいた。

「おい、言うとくけどまだ半分も終わってへんねんぞ。寝るな」
「むーりー。ちょっと休憩しようぜ……」
「あほ抜かせ。休憩はキリのええとこまで終わらせてからや」
「ううっ。勝呂の鬼っ。あくまっ」
「鬼で結構。ほら起きぃ」

しぶしぶ起き上がった燐だったが、集中力が切れてしまったのだろう。鉛筆を持った手をだらだらと動かすものの、まったくやる気がみられない。
勝呂の方はすっかり予習も復習も済ませたというのに、このままでは本当に燐の課題は終わりそうにない。

(ほんまになあ……)

勝呂にしてみても、せっかく恋人と二人きりでいるというのに、こうして勉強で終わってしまうのは本意ではない。しかし勝呂の中では責任感やら自制心やらの方が幅を利かせてしまうのだ。まずは何と言っても残念な燐の頭の中身をなんとかしなくては。困難な問題にこそ燃える男。それが勝呂だった。
勝呂と付き合ったせいで燐が留年、などというハメになったら、奥村先生に顔向けできない。ちゃんと課題さえこなせば、その後いくらでも甘やかしてやるのに。
ここできちんと終わらせておかないと、後で困るのは本人だ。
ふと正面を見ると、燐は下唇を突き出してうなっている。
考え事をするときの彼の癖だ。
尖らせた唇に、つい意識が向いてしまって、勝呂はあわてて頭を振った。
燐の唇が触れるとやわらかいことを勝呂は知っている。


「……何してんだ?」
「なっ、なんでもない!はよ続きやれや」

いきなり不審な動きをした勝呂を見咎めて、燐が怪訝そうに尋ねてきた。
あわててごまかしたものの、頬が熱くなったのはばれてしまったかもしれない。
燐はふーん、と気のない返事をして再び下を向いた。勝呂もほっとして自分の教科書を開こうとした。その時。
……右の足首に、何か違和感を感じた。ズボンのすそから、なにやらやわらかいものが足に触れている。
気になって足元を覗こうとした勝呂は、はっとなった。ふさふさとしたこの感触は……、

(しっぽ?)

悪魔と人間のハーフである燐には、黒い尻尾が生えている。普段は人目につかないよう服の下に隠しているが、勝呂と二人きりの今はその必要はない。
思わず燐のほうを見たが、燐はまったくそしらぬふりだ。まさかとは思うが、無意識の動きなのだろうか?
騒ぐほどのことでもないか、と勝呂は無視することにした。反応してしまったら燐の思う壺な気がする。もともと甘えたいときなど、あの尻尾が勝呂の腕に絡んできたりすることはよくあるので、これも勝呂の気をそらそうとする燐の作戦かもしれない。

しかし一度気になりだすととまらないのが人間だ。いたずらをするようにさわさわとくすぐってきたり、ズボンの中に入ろうとしてみたり、動きが気になって仕方がない。
教科書を読もうとしても、まったく活字が頭に入らない自分に気がついて、ついに勝呂は我慢できなくなった。

「……おい奥村」
「なんだよ」
「しょーもないいたずらはやめぇ」
「いたずらあ?」

燐はようやく顔を上げた。鉛筆を咥えたまま器用ににや、と笑ってみせる。

「え、気になるの?スグロサン」
「そら気になるわ」
「じゃあやめてやんない」
「はあ?なんでやねん」

意味がわからない。勝呂が不機嫌そうに低い声を出したのにひるむ様子もなく、燐は言ってのけた。

「だってさー、俺はさっきから二人きりで落ちつかねえのに、勝呂は勉強で頭いっぱいなんだもん。ずりい」

だから俺のこともちょっとは気にしろ!

そうして胸を張る燐を、勝呂は思わずまじまじと見つめてしまった。こいつ今、自分が何言うたかわかっとらへんみたいやな。

「ずるいてなんやねん」
「ずるいだろー。俺ばっかり勝呂のこと考えてるなんて」
「ほーかほーか。そないに俺のことで頭いっぱいなんか。好かれとって嬉しいわ」

はた、と燐の動きが止まった。にやにや笑う勝呂の顔を見上げて、カッと顔が赤くなる。
間髪を入れず、ぺしっ、と尻尾にはたかれた。

「おわ!?」
「うるせえんだよ!馬鹿勝呂!」

がたん、と椅子を鳴らして勝呂は後じさったが、燐の尻尾が巻きついてきて、足が動かなかった。先のふさふさしたところがくすぐったくてかなわない。

「あほ!おいこれやめい!」
「やだね!」

手で尻尾を捕まえようとしたが、するりと逃げてしまう。何度かそんな攻防が繰り返されたあと、机をはさんで二人はにらみ合った。
一分か、二分か。
しばらくそのまま動けずにいたが、先にぶはっ、と噴出したのは勝呂のほうだった。

「あーあほらし。おい奥村、お前覚悟せえよ」
「なっ、何をだよ?」

燐の口調は強気だが、急に声色を変えた勝呂を見る目は不安そうに瞬いている。

「何をちゃうわ。そんなに構うてほしかったら構うたる、言うとんねん」
「そんなこと言ってねえ!」
「あれ?言うてへんかったか?せっかく二人きりやのに、なんで手ぇ出さへんねんって拗ねとったんやろ」
「手……っ!?言うか馬鹿!」
「お前がその気やのうても、俺のほうがその気なんじゃぼけ!」
「!?」

思いもかけないことを言われたせいで、目を白黒させる燐を勝呂は急いで捕まえた。抱きついた勢いで、燐ごと倒れこんでしまう。

「ちょ…勝呂……っんっ、んー!んー!!」

暴れる燐を押さえ込んで、さっきから気になっていた唇を奪った。次第に燐の体から力が抜けていく。
しばらくキスを続けたあとに開放してやると、燐ははあ、はあ、と苦しそうに息をついた。
慣れていないので、キスの最中、燐はずっと息を止めているのだ。

(やっぱりあほやなあこいつ)

勝呂は涙目になった燐をきゅっと抱き寄せた。

「二人きりで落ちつかんのは、俺も一緒や、奥村」
「勝呂……」
「お前が思うとる以上に、奥村のこと好きやぞ俺は」
「わ、かった、わかったからっ」

相手をしないと拗ねるくせに、正面きって好きだというと照れまくってしまう燐。赤くなった恋人に、かわいいなあなんて思ってしまう。

「勉強しなきゃなんだろ?俺が悪かったからさ……」
「あかん。こっちが先や」

にやりと笑った勝呂の顔をみて、燐は後悔したとかしなかったとか。
……もちろんきちんと課題もやらせました。


おしまい。

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