短文2

□なつまつり
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なつまつり
  


 繋いだ手が熱かった。
 勝呂は燐の手を引いて、祭りの喧騒の中を進んでいる。二人とも、勝呂の実家から送ってもらった浴衣を着ていた。燐は慣れない浴衣の足さばきに苦労しながらも、勝呂の後をちゃんと付いて来ている。
 はぐれないようにこうしているのだ、なんていうのは勝呂の口実だ。
 楽しそうな周囲と違って、勝呂の眉間にはしわが寄せられている。
 人混みの中とはいえ、男同士で手を繋いでいるなんて、いつ誰に見られるかもしれない。そう頭では考えているのに、手はしっかり燐の手を掴んで離さない。燐もはぐれまいとしてか、ぎゅっと力をこめてくる。
 不意に「あっ」と小さく声が聞こえて、燐がバランスを崩してしまった。それでようやく、勝呂は自分が燐のことを考えず、勝手なペースで歩いていたことに気づく。
 それまで恥ずかしくて見れなかった燐の顔にようやく視線を向けると、燐はじっと足元を見ていた。
「奥村、またぶつかるで。ちゃんと前見ぃ」
 ああ、しまった、大丈夫かて、こっちが謝らなあかんのに。つい口調が尖ってしまったのは、照れ隠しだ。
 声をかけると、燐はようやく顔を上げる。外は夜で、灯りといえば屋台と、あちこちにぶら下がっている提灯だけだ。だがそれでも、燐の表情を伺うには十分な明るさだった。
「だっ、大丈夫だよ…」
 笑ってはみせたものの、燐は明らかに落ち込んでいる。その様子を見て、勝呂の胸は罪悪感に苛まれた。燐が悪いのではない。狭量な自分が悪いのだ。だが勝呂の不機嫌の理由など、燐には分からないだろう。
 屋台の列が途切れ、辺りの人影もまばらになってようやく、勝呂はつないだ手をほどいた。
「堪忍な。ついいらっとしてしもて」
「ううん。俺が、きょろきょろしてたからだろ。せっかく遊びに来たのに、ごめんな」

    *

「夏祭りがあるんだってよ!」
 どこで見つけてきたのか、嬉しそうに『夏祭りのおしらせ』と書かれたチラシを持ってきたのは燐だった。
「なあ勝呂、一緒に行かねえ?」
「阿呆。そんな暇あるか」
 一言で切り捨てた勝呂に、燐ががっくり肩を落とす。
「だいたいもうすぐ夏休みも終わりやねんで。遊ぶんはええけど、宿題終わったんか」
「まだだけど!せっかくの夏休みだぞ!俺どっこも行ってねえし。遊びに行こうぜ〜」
 めげずに言いつのる燐に、勝呂は条件を付けた。
「よし、ほな宿題終わらせたらな。奥村先生に任されとるんやから、俺は」
 宿題が終わらなければ、いかない。そういえば諦めるだろうと踏んでいた勝呂だったが、燐は驚いたことに、「よし、約束だからな!」と承諾した。そして言った通り宿題を片づけてしまったのだ。

 そんなこんなで、祭りに繰り出すことになった二人だった。小さな神社の境内で行われているそれは、小規模なものだった。だが燐には関係ないようで、はしゃいでいる。
 浴衣は、虎子がわざわざ送ってきたものだ。たまたま母親が電話をかけてきた時に、うっかり燐と祭に行くと口を滑らせたのが悪かった。こちらが何も言ってないのに、うちにお古があるから着ていきなさいよ、とやたら乗り気になったのだ。燐のことを相当気に入っているらしい虎子の推しの強さに、勝呂には断ることが出来なかった。もともと、口ではかなわないのだ。
 それに、「着ないもん置いといても、もったいないやろ」と言う虎子の言葉に頷いたのもあるが、本心では、燐の浴衣姿を見てみたい、と考えてしまったのだ。
 実際着せてみると、白地に青い流水紋の浴衣は、燐によく似合った。勝呂も藍色の浴衣を着て、二人で夜の街へ繰り出した――のだったが…。

(あかん。浴衣なんかで来るんやなかった)
 初めはよかった。燐は上機嫌で、あっちの屋台、こっちの屋台と嬉しそうに勝呂を引きずって回る。残念ながら小遣いがあまりないので、散財するというわけにはいかなかったが、燐は眺めているだけでも楽しそうだった。そして彼の楽しそうな姿を見ていると、勝呂まで浮き立った気持ちになる。
 思えば、二人きりで出かけるのは初めてかもしれない。
 だが、着なれない浴衣で歩き回ったせいで、燐の浴衣が少しずつ乱れてくる。勝呂は気づく度に直してやったが、燐はどうもわかっていない。そのうち「あついなー」と襟元をくつろげてしまう。
 そんな燐を見て、勝呂は不覚にもどきりとしてしまった。
 普段見えないような鎖骨のラインや、首筋が、汗に光っている。
(こ、これは…あんまりようないんとちゃうか?)
 一度気になりだすと、周囲の視線まで気になりだす。さっきすれ違った男、奥村のこと見てへんかったか?
 オマケに笑顔の燐は、普段と違う恰好のせいか、なんだか可愛らしく見えてくる。勝呂は知らず知らずのうちに、眉間にしわが寄っていたらしい。
「どうしたんだ?勝呂」
 疲れたのか?と、顔を覗き込んできた燐に、勝呂ははっと我に返った。なんでもないと言いかけた時、足を止めた燐の後ろから、通行人がどん、と肩にぶつかってきた。
「わっ」
 倒れかけた燐が、勝呂にしがみつく。幸い転びはしなかったが、燐を受け止めた勝呂は、ついそのうなじに目が吸い寄せられてしまった。髪が数本、うなじに汗で張り付いているのが妙に艶っぽくて。
(あかんって、これ!)
 かあっと頭に血が上る。
 気が付くと、勝呂は燐の手をとって歩きはじめていた。

    *

 人々の喧騒が、少し遠い。
 足を止めると、なんとなく遠くの灯りを二人でぼんやり見つめていた。が、ずっとこうしていても仕方ないだろう。
「――そろそろ帰るか」
「えっ、もう?」
 燐はがっかりしたような顔をしたが、やがてこくりとうなずいた。
「俺ばっかり楽しんで、悪かったな。」
「そんなことない、俺も楽しかったで」
 勝呂は慌てて言ったが、燐は「いいよ、無理しなくて」と笑って見せた。
「勝呂と一緒に来れてよかったよ。夏休みの思い出ってやつ?」
「思い出って…」
 なんだか燐に申し訳なくなった勝呂は、「態度悪くてすまんかった」と謝った。
「奥村の浴衣が、気になってしもて…」
 恥ずかしかったが正直に申告する。ついでに、無理矢理ひっぱって歩かせてしまったせいで、乱れた裾も直してやった。全く目の毒だ。
(くそ…俺、どうかしてしもたんかな)
 だが燐は、それも自分が悪いのだと思ってしまったようだ。
「せっかく貸してくれたのにごめんな。俺、勝呂みたいにかっこよく着れなくてさ…」
「は!?ちゃうちゃう!そう言う意味やないでっ」
 焦った勝呂は、つい言わなくていいことまで言ってしまう。
「奥村の足とか首とか、他のやつに見せたないだけやっ」
「えっ?」
「あっ」
 しーんと、沈黙が落ちてしまった。
(うああああ、変なやつやて、思われたやろか…っ)
 だがぽつりと、燐がつぶやいた。
「俺も」
「は?」
 おそるおそる燐の方を見ると、心なしか顔が赤い。
「こんなかっけーやつと一緒にいるんだって、皆に自慢したかったんだ、最初は。でも、通りすがりの女の子とか、ちらちら勝呂のこと見てくるし。見んなって、思った」
「…俺なんか、かっこ悪いやろ」
「かっけーよ馬鹿!」
「ば、馬鹿とはなんや、馬鹿とは!」
「うっせーよ!馬鹿は馬鹿だろ!なんで分かんねえんだよっ」
 言い合う声がどんどん大きくなっていったところで、勝呂は周囲の視線に気づいた。高校生の喧嘩に見えるのだ。通報などされたらたまらない。
 もうこのまま帰ろうと、急いでまた燐の手をとった。
「勝呂がかっこよすぎんのが悪い!」
「はあ?そんなん言うたら、奥村が可愛すぎるのが悪いんやろ!」
「俺が可愛いとか、目が腐ってんの?」
「腐ってへんわ!可愛いもんは可愛いんじゃ!」
 
 おそらく後になって、痴話げんかをしている高校生がいた、と近所の話題になったに違いない。だが二人はそんなこととは全く気付かずに、大声で喧嘩(?)をしながら帰った。

 二人が恋人になるのは、まだ少し後の話になる。



…………………………

2013年8月18日SCC関西内
勝燐プチオンリー「カッケー!」で配布した
ペーパー用の小話でした。
ペーパーラリーの企画があったので、落とすわけにはいかず
当日朝まで書いてましたw

20130820

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