短文2

□デット オア アライブ
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☆SQ6月号のねたばれありです。
未読の方はお気を付け下さい。



【SQ6月号ネタです】
■デッド オア アライブ■

 はあ、と竜士は重いため息を吐いた。最近登校するのが憂鬱だ。理由は言わずもがな、今学園中で盛り上がっている例の件のせいである。
 のろのろと靴箱の扉を持ち上げると、上靴の上に何かが乗っているのが見えた。また手紙だ。再び靴箱を閉めてしまいたい衝動をこらえ、靴と一緒に取り出した封筒をジャケットのポケットに突っ込んだ。
 差出人を見るまでもなく、竜士の選択肢は断るの一択しかない。返事をする時のことを考えると、胃が痛くなってくる。
(なんで急にこんなんなんねんっ)
 これまでクラスの女子から、その手のアプローチを受けたことは全くない。クラスメイトの奥村雪男がもててもてて大変そうだ、とは人事のように思っていたが、まさか自分にまで。
 この浮ついた空気のせいだ。ダンスパーティという名目がなければ、竜士にこんな申し込みが増えることなどなかったにちがいない。
 志摩に見つかったら、また贅沢だなんだ、うるさいに決まっている。絶対見つからないようにせんと、と心に決めた竜士だった。もっとも結局は、察しのいい子猫丸経由で知られるに決まっているのだが。
 昼休み、休憩時間、一人にならないようにするのも大変だった。声をかけられる隙を作らないように、竜士は授業が終わると同時に手早く教科書をまとめ、席を立つ。
(ほんまやったら予習したいのに……っ)
 今日も一人のクラスメイトが、声をかけてきそうな雰囲気でちらちらこちらの様子を伺っていることには気づいていた。だが、あえて知らないふりをする。
 一度面と向かってパートナーになってほしい、と請われた時、竜士は普通に「無理」と答えた。別にその女の子がどうこうの話ではないのだ。ダンスパーティそのものに参加するつもりがない。だから断った。それだけだったのに。
(目の前で泣かれるとか、ほんま勘弁してや……)
 こう言っては何だが、女子に免疫があるわけではないのだ。ああいう時、スルーするスキルが竜士にはない。おかげでメンタル的にはダメージがかなり大きかった。
 以来、直接申し込まれるのを警戒し、声をかけられそうな機会を避けに避けている。だが多分そのせいで、靴箱に投げ込まれる手紙がなくならないのだろう。はたしてどっちがいいのかは、判断の難しいところだった。
 トイレに逃げ込んで、休み時間終了のチャイムが鳴るのを待つ。だが、何度も同じ手を使っていると、男子のクラスメイトが「勝呂くん大変だね」と生暖かいまなざしを寄越してくるようになった。それもなんだか地味につらい。
* * *
 今日の昼休みは屋上に避難することにした。これまでクラスが違っても、なんとなく習慣で幼なじみと昼食をとっていたのだが、最近はこうやって一人で過ごすことが多い。
 登校前に買ってきてあった総菜パンを取り出したところで、ふいに頭上から声が降ってきた。
「勝呂何してんの?」
 聞き覚えのある声に空を見上げると、勝呂が背中を預けている給水棟の上からしっぽがたらりと垂れ下がっているのが見えた。黒いしっぽの持ち主など、勝呂の知る限り一人しかいない。
「見たら分かるやろ。昼飯や」
「けっ。もてる男はいいねー」
「……うるさいわ」
 どうやら竜士がここに来ている理由など、燐にはとっくにばれているようだ。贅沢だなんだと言われても、竜士にはいまの状況は迷惑でしかない。そう言ったところでまた呪われろ!とでも言われるのがオチだろう。
 燐が降りてこないので、お互いの姿が見えないまま会話が続く。ときおりもごもごと不明瞭な話し方をするのを聞くと、燐もどうやら上で食事をしている風だった。
 竜士は少し水分が抜けてぱさぱさした食感のパンをもそもそ咀嚼する。ミネラルウォーターで飲み込んだところで、視界の端に、ちらちらと動くものがよぎった。
 目を上げると、目の前でふりふりとしっぽが揺れている。その動きがなんとなく気になって、……つい手が伸びてしまった。
 案外手触りがすべすべしている。作りものではない証拠に、手のひらにぬるい温度が伝わってきた。短い毛が密集したところから、先端のふさふさした部分まで指を滑らせる。
「ちょ、勝呂?」
 何すんだ、と焦ったような声におもしろくなって、竜士は燐のしっぽをぎゅっとひっぱった。途端、まるで何かに踏みつぶされたような声が上がる。
「ぎにゃあっ!」
「あ、すまん」
 響いた悲鳴にさすがに驚いて、ぱっと手を離すと、燐が上からこちらをのぞき込んでいた。涙目になっているので、さすがにちょっとバツが悪い。燐は取り戻したしっぽを、大事そうに抱えながら怒鳴った。
「ばっかやろー!しっぽはめちゃくちゃいてーんだぞっ」
 毒づく奥村だったが、なんとなく勢いがない。そんなに痛かったのか。というか、元気がないような気がする。自分の気のせいだろうか。
 だがストレートにそれを告げるのも気恥ずかしくて、竜士もつい喧嘩腰になってしまった。
「校内ではしっぽ隠せや」
「いいだろ、誰もいねえ時くらい。ずっと仕舞ってるとキュークツなんだよっ」
「せやかて目の前でふらふらされたら、気になってしゃあないわ!」
「うっせー!お触り代とるぞ!」
「お……っ?」
 お触りって。
 なんとなくピンクなイメージのその言葉に、竜士は固まった。アホか。奥村は何も考えんと言うとるだけやっちゅうねん。
 毛を逆立てた猫のようにふーふー言ってた燐だったが、竜士が言い返してこないからか、しばらくすると首を傾げて滑り降りてきた。燐はそのまま、すとんと竜士の隣に腰掛けた。手には自作のものらしい、弁当箱がある。
「……何やねん」
「いや、何でもねえけど」
 そこでふと竜士は、燐が元気のない理由に思い至った。
「杜山さんに、ふられたんか」
「ふ……っ!ふられたとかそんなんじゃねえよ!別にっ、俺はっ!」
「あーわかったわかった。聞いてすまんかった」
 こりゃあかんかってんな。まあ、彼女はおそらく弟の方が気になっているのだろうから……。顔が真っ赤になった燐を気の毒に思っていると、燐はおそるおそると言った風情で聞いてきた。
「……す、勝呂は!パートナー決まったのか?」
「俺はあんなもんには出ぇへん」
「えーっ」
 燐はいかにも理解できないものを見る目で、こちらをまじまじと見つめてきた。
「せっかくの高校生活、楽しまなくてどーすんだよ?」
「俺にはそんな暇あらへんねん」
 というか、むしろ燐の方が、遊んでいる場合ではない気がするのだが。
(祓魔師になれへんかったら、処刑やで?)
 竜士は何でも先回りして考えるくせがある。もし自分が燐の立場だったら、死にものぐるいで勉強すると思うのだが、その辺り彼の脳天気さが全く理解できない。燐の弟であるクラスメイトの顔が頭に浮かんだ。苦労してはるはずやわ。
 と、勝手に燐の心配をしていた竜士だったが、燐は燐で全く別のことを考えていたらしい。
 ぱっと表情を輝かせたかと思うと、竜士に話しかけてきた。
「あのさあ」
「ん?」
「ダンパの申し込み、断んのに苦労してんだろ?だったらもうパートナー決まったって言っちゃったらどうだ?」
「そんなもん、相手誰かって絶対聞かれるやろが。だいたい、当日になったら嘘がばれる」
 それに。迷惑だとは思っているものの、勇気を振り絞って声をかけてきたであろう相手に、嘘をつくというのはさすがに気が引ける。
「じゃあはっきり言わなきゃいいんだよ。それとなく、もう決まったってにおわせとけば」
「そんなん、どうやって……」
 そんな都合のいい方法など、あるわけがない。
 ふと燐の目が、竜士の持っている食べかけのパンに向いた。
「それ、旨い?」
 急に話が変わって戸惑っている竜士に向かって、燐がにっこり笑いかけてきた。
「俺、明日から弁当作ってきてやろうか?愛妻弁当みたいなやつ!それ見せびらかしておけば、勝呂に脈なしってみんなに伝わるんじゃね?」
 突然の申し出に、え、とかは?としか言えない竜士を後目に、燐はぱっと立ち上がった。
「よしっじゃあ明日昼休みにここに来いよっ。弁当渡してやるからさ」
 俺が教室に持ってったら、意味ねーもんな!
 あっけにとられた竜士が返事をする前に、燐は非常ドアを開けて出ていってしまった。
「え、なんでまたそんな話に……?」
 ひとり取り残された竜士は、ぽかんと座り込んでいた。燐の料理の腕前は知っているし、味気ないコンビニのパンより断然美味いのは確かだ。だがどうしてそこまでしてくれる気になったのだろう。
(杜山さんにふられて、やけなんかな?)
 自分がパートナーを見つけられないのに、竜士だけ大量に申し込みをされているのが気に食わない、とか。
 首をひねった竜士の耳に、五時限目の始まりを告げるチャイムの音が届いた。




……………………

20120516

12日のインテ大阪で配布したペーパーより。
もらってくださった方ありがとうございました!

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