短文
□Just married! 3
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just married!! 3
「兄さん、なににやにやしてんの」
さっきから、兄は自分の左手をためつすがめつしては、にやにやしたり赤くなったり忙しい。
「えっ!いいいいや別に、にやにやなんて……」
「してるよね。なんなら鏡持って来るけど?」
「……い、いいよ……」
「分かったら、ちゃんと課題やって」
奇跡的に留年もせず三年生になれた兄さんだけど、ココに来て卒業できないなんてことになったらシャレにならない。
勉強嫌いの兄さんをなんとか進級させるのに、どれだけ僕と「彼」が苦労したことか。
時には叱咤し、時には宥めすかし、机に向かわせるだけで多大な努力を要した。
多分、僕一人だけでは、兄さんに勉強はさせられなかっただろう。
……それでも、あんまり言いたくないけど、今となっては勉強を教えるために「彼」に助力を請うたのは間違いだったのではないかと時々思う。
彼……勝呂くんと兄さんを近づけたのは、他でもない、僕だったって事になるんだから。
兄さんの左手の薬指には、真新しい指輪が光っている。
もらった時は死ぬほど恥ずかしがっていたくせに、あれからずっと外そうとしない。
ほほえましいといえばほほえましいけど……。
「そういえば、勝呂くんのご両親には、ご挨拶にいかなくていいの?」
「へあ!?」
急に話を振られて、教科書とにらめっこしていた兄さんが、びっくりしたようにこっちを向いた。
「だからさ、大事な息子さんをもらうわけだから、弟としてはお詫びのひとつも言った方がいいのかなと思ってさ」
「えっ!?あ、いや、どうなんだろ……俺もまだ、挨拶はしてないし……」
赤い顔でへどもどしてる兄さんを見てたら、なんだか急にもっとからかいたくなってきた。
「そもそも、男同士で結婚も何もないんだけどね。」
「分かってるよ、んなこと……」
分かっている、二人とも、分かっていてあえてこういう形を選んだってことは。
紙の上では二人はいまでも無関係。
でも、そんなこと、この二人にはそれこそ無関係なんだろう。
「どっちの名字を名乗るとかは決めてるの?」
「みょうじ?」
「奥村竜士になるのか、勝呂燐になるのかって聞いてんだけど」
「お……っ!!」
口をぱくぱくさせて、声も出ない兄さん。
「あ、それとも夫婦別姓?」
「……もう勘弁シテクダサイ、雪男サン……」
兄さんはぷしゅうう、と音がしそうなくらい真っ赤になった顔を、両手で覆った。。
散々恥ずかしいことしといて、今更こんな話題で恥ずかしがってんじゃねえよ。
まあいいや。
「そういや、ちゃんと言ってなかったね」
「……ゆきお……?」
「結婚おめでとう、兄さん。離婚されないように、せいぜい頑張ってね」
「う、うるせえよっ」
学園を卒業したら、兄さんは勝呂くんと二人暮らしを始めることになった。
それはつまり、ずっと一緒だった僕達兄弟が、離れ離れになるということ。
幼い日に誓った、僕が兄を守るっていう決意。
それはこれからも変わらない。
でも、兄さんには僕しかいなくて、僕にも兄さんしかいなかった今までとは確実に変わる。
閉じた二人の世界がいつの間にか広がって、兄さんは出て行く。
いいことなのか悪いことなのか僕には判断がつかないけど、兄さんが幸せだと言って笑うなら、それはきっと僕にとっても幸せなんだろう。
「これでほんとに、兄さんとは離れて暮らすことになるね」
「……そうだな」
兄さんが悪魔として覚醒しなければ、僕は正十字学園に進学し、兄さんは修道院に残って、別々の生活が始まるはずだった。
結局はそうならずに、僕らは修道院にいた頃のように二人で過ごした訳だけども。
「でもさ、住むとこは違っても、俺が雪男の兄ちゃんであることに変わりはねえんだからな!」
「当たり前じゃない、何言ってんの」
「え?俺がいなくなってさびしいんじゃねーの」
さっきまで赤い顔でうろたえていたくせに、にやにやとこちらを見てくる兄さん。
僕がそんなことない、って否定するのを待ち構えていることくらい分かるよ。
うつむいて、わざとらしく暗い顔を作ってうつむいてみた。
「そうだね。さびしくなる」
「えっ」
すると兄さんは焦ったように、「え、まじで?」「そんな、もう会えなくなるわけじゃないんだからさ」と必死に言い募ってきた。
「ゆ、雪男〜」
「ぶふっ」
焦る兄さんがおかしくて、思わず噴出してしまった。兄さんは一瞬唖然として、すぐ
「だ……騙したなっっ!!」
「ごめんごめん。でも先にからかってきたのはそっちでしょ」
「うう……何だよもう」
机につっぷしてしまった兄さんに、言い訳をしようとしたら
「あのさ……雪男は、さびしくないかもしんねえけど……俺達、兄弟なんだからな。それは変わらないんだからな」
それは思いのほか真面目な声で。
首をこちらに向けて、じっと僕を見た。
知ってるよ。
僕が兄さんを守りたかったように、兄さんがずっと、僕を守ろうとしてたこと。
兄さんに大事な人ができた今でも、僕らがたった二人の兄弟だってことは変わらないってことも。
僕は、「分かってるよ」とつぶやいた。
人ではない兄さんのことを、僕以上に大切にしてくれる人が現われるなんてこと、あるわけないと思ってたけど。
そうして、僕のそばから兄さんを攫っていってしまうなんてこと、想像もしていなかったけど。
「兄さんはちゃんと、幸せになればいいんだよ」
それは本当に、僕の本心だから。
兄さんは、少しだけ頬を染めて「おう」とだけ言った。
end.
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嫁入り前(笑)の兄と保護者な弟の会話。
20111222