過去拍手

□101回目の
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【101回目の】

 燐が台所に立っているのをぼんやりと見ながら、竜士は開いたままになっていた本を閉じた。
 竜士の部屋で、燐が料理を作るのはいつものことだ。休みが合えば竜士の部屋で一緒に過ごすのが、暗黙の了解のようになっている。外で食事をとるよりも、燐の作る料理が美味いというのはもちろんだが、やはり人目を気にしなくて済むというのが大きいかもしれない。
 高校生の時に付き合うようになって、卒業してからも続いているこの関係は、自分でも意外なほど長く続いている。
 自分で言うのもなんだが、何の面白味もない竜士のどこがよくて、燐が恋人になったのかはよく分からない。 
 だが、一過性の熱病みたいなものだと思っていた想いを、すくい上げたのは燐だ。好きだと言うのも燐からなら、こうして続いているのも彼のおかげと言えなくもない。
 なにせ竜士は素直に気持ちを言葉に出すのが不得手だった。幼なじみに言わせると、竜士は喜怒哀楽が分かりやすいと言うのだが、それとこれとはまた話は別だ。
 だが、その代わりと言わんばかりに、燐はなんでもあけっぴろげに話す。勝呂にはどうしても照れが勝って言えないひとことも、燐ならあっさり告げてしまう。
 それが嬉しくもあり、悔しくもある。
 好きな相手に好きだと言われて嬉しくないはずはない。ならば自分も、と思うものの、意識すればするほど舌は口の中に張り付いて動いてくれないのだ。

 だが今日こそは。
 竜士はある決意を固めていた。

「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」

 竜士の挨拶に、燐がにっこり笑って答える。いつ言おういつ言おうと悩んでいるうちに、食事が終わってしまった。
 暗黙の了解で、食事の支度は燐が、片づけは竜士がすることになっている。と言っても、結局は二人ならんで皿洗いをすることも多い。
 今日は燐も手伝ってくれることにしたらしい。
 狭い台所は、男二人が並ぶとそれだけで狭い。だが燐となら、肘がぶつかるのも気にならない。こうやって過ごす穏やかな時間がいつまでも続いてくれたら。
 そのためにも、そろそろけじめをつけたい、と竜士は考えていた。
 洗い終わった食器を布巾で拭いている燐をこっそり目だけで伺う。燐は何も気づいていないようだ。のんきに調子の外れた鼻歌など歌っている。水気を拭き取った食器を重ねて仕舞いながら、竜士はごくりと唾を飲み込んだ。

 ぐずぐずと竜士が言い出すのをためらっているうちに、燐が「あ、俺明日から任務になった」と言い出した。
 思わずえ、と声が出そうになる。

「休みや言うてなかったか?」
「そうだったんだけどさ、人手が足りないって」

 内心の焦りを隠したまま竜士は話を続けたが、このままだと、燐が帰ってしまうではないか。次の機会にのばしたら、また意気地がなくなってしまうに違いない。言うなら今しかない。

「お、奥村っ」
「何?あ、こっちもう終わり」
「それはもうええから」

 きょとんと竜士を見上げる燐の手をとって、さっきまで食事をとっていた椅子に座らせた。燐の手を握ったまま、竜士もその向かいに座る。
 もし断られたら。そう思うと情けないことに震えが来そうだ。
 だが目の前の青い目をまっすぐ見つめ、竜士は意を決して、告げた。

「これから毎朝、俺の味噌汁作ってくれへんか?」

 唐突な竜士の言葉に、燐は一瞬固まったように見えた。定番といえば定番のプロポーズの台詞だが、男同士で「結婚してくれ」も、なんだかおかしい気がするし、ずっと一緒にいてほしいと告げるには、これが一番だと思ったのだ。
 燐の返事を待っている時間が、果てしなく長く感じる。
 だが緊張している竜士に向かって、燐はにっこり笑ってくれた。

「おう、いいぜっ」

 まるで花が開くような燐の笑顔に、竜士は心の底から喜びがわきあがってくるのを感じた。それが惚れた欲目と言われようとも、竜士にとってはそれがこの世で一番可愛らしいと感じる笑顔なのだから、しょうがない。
 たまらなくなって、竜士は燐の体を引き寄せた。燐はびっくりしたような顔をしたが、おとなしく抱きしめられてくれる。

「ほ、ほんまにええんか……?」
「何言ってんだよ。当たり前だろ」

 それでもつい確認してしまった竜士の腕の中で、燐ははにかんで見せた。

 その晩結局、燐は自分の家には帰らなかった。




「おはよー」
「お、おはよぉ……」

 竜士が恒例の朝のジョギングから戻ると、燐が朝食を並べているところだった。シャワーを浴びて戻ると、出汁のいい香りが食卓に漂っている。
 すでに着替えを済ませている燐の首筋に目を奪われながら、竜士は申し訳なく思いつつ言った。

「奥村今日は任務なんやろ。朝飯なんか別にええのに」
「まだ時間あるから大丈夫だって。それに勝呂、味噌汁飲みたかったんだろ?」
「へ?」
「昨日言ってたじゃん。味噌汁作ってくれって」

 それは確かに、そう言ったが。竜士が口を開く前に、燐がにこにこして言った。

「勝呂は朝、和食派なんだなっ。味噌汁くらい毎朝作ってやるから遠慮すんなって」

 そして、二の句が継げないでいる竜士に向かって、じゃあ俺任務行ってくる、と燐は出ていってしまった。
 閉じたドアの向こうに消えた燐を、為すすべもなく見送るしかなく、竜士はがっくりとうなだれた。

(全然伝わってへんかったあああああ!)


END

タイトルでネタバレ、と思ったけどR−18ですかね
求婚の日というのがあるみたいです

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