過去拍手
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任務を終えた勝呂が疲れた体を引きずって帰宅すると、アパートの窓に明かりが灯っているのが見えた。
現金にも、足取りが急に軽くなる。
かつん、かつん、と足音を響かせながら鉄の階段を上り、部屋の戸を開けると、あたたかな空気が漏れだしてきた。
ついでに出汁のいい香りも漂ってきて、思わず頬が緩む。汚れたブーツを脱いでいると、ぱたぱたと軽い足音とともに燐が姿を現した。
おかえり、とにこやかに告げる恋人の顔を見るのは久しぶりだ。
やっと帰ってきた実感がわいてくる。思わず抱き着くと、なんだよ重い、と文句を言いながらも、燐がくすくす笑った。
それから楽しそうに勝呂のコートを脱がしてくるので、勝呂はありがたく甘えることにする。二人で部屋に入ると、こたつ机の上にはカセットコンロと鍋が設置してあった。
「今日の夕飯は、鍋にした!」
「ああ……寒なってきたし、ええな」
お互い任務があるので、会えないときは本当に数か月、メールと電話のみのやりとりになる。こうして顔を見るのが久々なら、夕食を一緒に取るのも久しぶりだった。
勝呂が手を洗っている間に、燐はてきぱきと食器や薬味を並べていく。
勝呂が食堂に戻るのを待ってから土鍋の蓋をあけると、白い湯気がほわりほわりとあたりにひろがっていった。
外気に冷え切っていた体も、あたたまっていく気がする。
勝呂は、燐が二つの皿に適当によそっているのを見ながら、席に着いた。
「だろ?ほら座って座って!はいこれ!」
「おおきに。…………ん?」
てっきり皿を渡されるものだと思って出した勝呂の手は、宙に浮いたまま固まった。
「ん?」
あいかわらずにこにこした燐が差し出しているのは、焼き豆腐の乗ったレンゲで。
勝呂は豆腐と燐との間で視線を行き来させたが、燐がそれを勝呂の目の前から動かす気配はない。
突きつけられたレンゲに、勝呂は戸惑いを隠せなかった。念のために聞いてみる。
「いや、自分で食えるけど……?」
「いいからいいから!ほれ、遠慮すんなって!」
「いやいやいや。遠慮ちゃうって。箸よこせや!」
まさかと思ったが、やっぱり。燐は勝呂に「あーん」と食べさせるつもりだったようだ。残念ながら勝呂にそんな勇気はない。自分で言うのもなんだが、勝呂は堅物なのだ。
そんな勝呂に燐が不満そうに唇を尖らせた。
「えーなんだよう。口開けろよっ。ふーふーしてやるから」
「ふ、ふーふー……?」
「おう!今日はいいふーふーの日なんだろ?」
今日の日付を思い出し、勝呂は一気に脱力した。まさか、それをやりたいがためにわざわざ勝呂の家まで来たというのか。
可愛い。
自分の恋人は、めちゃくちゃかわいい。ちょっと照れているのか、鍋の熱気のせいかは分からないが、ほっぺがほんのりピンク色なのも。
これが、萌えというやつか……っ!
勝呂はふるふると身体が震えそうになるのを、下を向いてなんとか押し殺した。
顔を上げれば、目の前にはまだにこにこして匙を差し出している燐がいる。追い打ちをかけるように唇を突きだして言った。
「だからほら、ふー!ふー!」
諦めた。なんかしらんけど色々諦めた。
言っとくけど、普段やったら絶対こんなことせえへん!せえへんからな!
と、誰にしているんだか分からない言い訳を頭の中でぐちゃぐちゃ述べてから、勝呂は観念して口を空けた。
ぱく。
「うまい?」
きっちり咀嚼して飲み込んでから、勝呂はおもむろに口を開いた。
「……いつもうまいから大丈夫や。ちなみに、それ言うんやったら今日は、いい夫婦の日とちゃうか?」
「え?だからふーふー……」
「夫婦」
「……」
「……」
しばしの沈黙の後、燐があっ!と言う顔になった。どうやら本気でわかっていなかった……らしい。
「わあああああっ!そっか!そっか!わああああ」
「あ、逃げた」
がたん、と椅子が倒れそうなくらいの勢いで立ち上がると、燐は走って食堂を飛び出してしまった。部屋のドアを閉める音が響く。
そんなに恥ずかしがるくらいなら、やらなければいいのに。
狭い家で隠れられる場所など限られている。
今度は勝呂がにやにや笑いながら、燐を追い詰める番だった。
終わり。
ばかっぷるすぐりん。
鍋に美味いも何もないだろうとかのつっこみは……すみませんw
11月22日はいい夫婦の日。
最近○○の日ネタばかりですな…
20130129