過去拍手

□どきどきします
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ぐだぐだすぐりん。

***

この気持ちは、なんなんだろう。
心臓のドキドキは、そーゆーこと?


勝呂にかっけー、と言うのはもう、口癖みたいなものかも。
だって何しててもカッコいいもん。
それはもちろん、怒った顔だったり、真剣に本を読む顔だったり、ふざけて笑う顔だったり、その時々で理由は違うけど。
もしかしたら、ほかにうまい言い方があるのかもしんない。けど、俺がそんなの表現できる訳なくて、で、結局「勝呂、かっけーな!」って口から出ちまうんだろな。


だけど、今の勝呂に対しては、いつもみたいに口に出して言えなかった。
普段整髪料で固めてる髪が下りてて、目が隠れてるせいでどんな顔してるのか、よく分からない。
分からないけど、今にもくっつきそうなくらい近くに勝呂の顔があって、心臓がばくばく言ってる。
苦しすぎると、言葉なんて出せないもんなんだ。
初めて知った。

**

借りてたノートを返すのを忘れてたのに気が付いたのは、夕食のあとだった。明日でもいいかな、と思ったけど、勝呂のことだから夜にも勉強するだろうし、ないと困るかもしれない。
でもな。
その日、なんで返せなかったのかっていうと、俺が勝呂から逃げちまったからで。
なんで逃げたのかっていうと、その……。

勝呂が俺のこと、好きだ、なんていうから。
そう、なんかいきなり好きだって言われてキスされた。ぼおっと見惚れてたから、何されるかなんてわかんなかった。
勝呂のばか!
トモダチでいいじゃん。
だってどこからが友達で、どこからがそれ以上なのかなんて、俺には難しすぎてハードルが高すぎる。
俺はただ、俺のことを分かってくれて、友達だって言ってくれて、……それだけでよかったのに。


返事もせずに逃げ出した俺のこと、勝呂は絶対怒ってる。
でも、だからってあいつに迷惑はかけたくない。

そう思っておそるおそる勝呂の部屋に行ってみたら、風呂上がりだったみたいで。あわてて出てきたらしい勝呂は、まだ濡れたままの髪からぽたぽたと水滴が落ちていた。
なんて声をかけるべきか迷っていたら、勝呂が「分からんとこなかったんか」ってノートの内容聞いてくる。
あ、れ……?
なんか普通。怒ってない。
それで少しほっとした俺は、なんとかうなずくと手にしたノートを勝呂に差し出した。近づいたら勝呂からはなんかいい匂いがする。石鹸かなあ……。
それで一気に頭に血がのぼっちゃって、俺ときたら、
「勝呂、なんかエロい……」
って口から勝手に言葉が出てた。
「はあっ!?」
ってでっかい声で言われて初めて、心の声が外に漏れてたことに気づいた俺、頭まっしろ。
それからどーしてこーなった。


耳鳴りかと思うほど、心臓がばくばくいっている。
この状況って。俺を、殺す気か。
「おい奥村」
低い声で呼ばれて、俺は緊張しすぎてぼーっとした頭で考える。
やっぱり勝呂、かっけえぇ……。
「奥村!」
苛立ったように呼ばれて、ようやく俺は我に返った。
勝呂の顔はやっぱり近くて、俺は壁際に追い詰められてる。顔の両脇に勝呂が手をついているせいで蛍光灯のひかりが遮られ、俺の顔に影が落ちた。

「人の話聞いとんのか?」

俺が答えられずにいると、勝呂が首を傾ける。
金の前髪の間から勝呂の鋭い目が、少しだけ透けて見えた。

「忘れたいみたいやから、触れんようにしとったのに……。返事しにきてくれたん?」
「返事……」
「好きやって、言うたやろ?」

バカみたいにおうむ返しする俺は、多分間抜け面になってるに違いない。なのに勝呂ときたら、壁についてた手を離すと、きゅうって。きゅうって俺に、抱きついてきた。
離してほしくて勝呂の腕から逃げようとしたけど、できなかった。
俺が本気出したら、勝呂を投げ飛ばすことだってわけないのに。あったかくて、いい匂いがして、それで……。

「すっ、すぐ……っ」
「返事も聞かんとキスしたんは悪かった」
「お、おう……」
「嫌やったらはっきりそう言ってくれ。そしたら、諦める。トモダチで我慢する」
 
我慢ってなんだよ!俺にとっては友達って言うだけで、すっごく貴重なことなのに。


笑い合いながらも、勝呂と目が合ったら心臓が跳ねるようになったのはいつからだろう。
ちょっと肩と肩がぶつかっただけで、身体が勝手にカチコチになっちゃうのも。
だから勝呂がそばにいるだけでも調子が悪くなるって言うのに、勝呂が俺を好きだなんて言う。
いや、嬉しいんだけど……。
嬉しいんだけど、こんなの慣れてないから、心臓爆発しちまうよ。止まったらどう責任とってくれるんだ。せっかく処刑も免れたのに。

だけど俺、勝呂の手がかすかに震えていることに気がついちゃった。偉そうなこと言って、いきなりちゅーとかしといて、そんなのずるいんじゃね?
嫌だなんてこと、あるわけないのに。
俺はぽそっと返事をした。


「い、嫌じゃない……」
「嫌やないんなら、ええってことか?」
「えっ、え!?いや無理!!」
「はあ?どっちやねん!」

出た。二回目の『はあ?』。
でもこんなの、心臓がいくらあってももたない。無理!

「勝呂のことは好きだけど、付き合うとか、む、無理……っ!」
「ぜんっぜん意味わからん!好きなんやったらええやん!」
「よ、よくねーよっ!今でも心臓壊れそうなのにっ!」

勝呂は一瞬、あっけにとられたような顔をしたけど、すぐに口をゆがめるみたいにして笑った。
「そんな理由でいやなん?」
「……う、うん……」

おそるおそる答えたら、勝呂がぶっと吹き出して、げらげら大笑いし始めた。腹を抱えて。俺、そんなおかしなこと言ったか?馬鹿笑いにもほどがあるだろ。

「勝呂、笑いすぎっ!」
「……っ、せやかて、お前……」

ようやく笑いのおさまった勝呂は、目じりにたまった涙を拭きながら言った。

「あー笑った。なんやねんそれ。悩んでた俺がアホみたいや」
「え、勝呂悩んでたんだ?何を?」
「何を、て……。そら、気まずくならんようにどないしようかとかそういうことや。告白した相手に逃げられてんぞ。もうあかんて思うやろ」
「あ……、うん」

「慣れたら平気になるんちゃうか?」
「え、まじ?」


こんなのに、慣れることなんてあるのか?
思わず上げた目線の先で、勝呂が苦笑い。しゃあないなあ、って言われてる気がして、俺は身をすくめた。

「気持ち悪いんやったら、別やけど。心臓ばくばく言うてんのは、俺もおんなしやで」
「うそだあ……」
「そんな嘘つかん。なあ、奥村」


勝呂が真剣な顔してもう一回、好きや、って言ってきた。
 

ああ、ああ。
俺だって好きだよ。
でもさ。

まずはオトモダチからっていうのが順番なんじゃねえの?ちゃんとその通りやってくんねえと、俺、ついていけそうにない。
そう思っているのに、近づいてくる勝呂が何をしてくるのか、今度はちゃんと分かったから、俺はぎゅっと目をつぶった。


だから、心臓、もたないってば!






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