過去拍手

□はなび
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夏は色々勝燐ネタが降ってきて楽しいです**
付き合い始めの高校生かぽーな設定です。


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 空は夕闇に沈むころだった。一台の自転車が誰もいない坂道を走っている。
 どおん、と遠くでかすかに音が響いた。同時に地面が揺れるような振動も走る。

「なあっ、始まったみたいだぜ」
「せやな…っ」

 燐を後ろに乗せて、勝呂は自転車をこいでいる。汗だくになっているのが申し訳なくて、燐が代わるといっても「いい」と受け付けてくれない。
 プライドが許さない、のだそうだ。

「俺の方が体力あんのに」
「やかましわっ、なんとなく、いやなんやっ」
「なんとなくって……」

 自転車をこぎながらなので、とぎれとぎれに返事が返ってくる。よく分かんねえけど、と首を傾げつつ、勝呂に堂々とつかまっていられるのも悪くはない気分なので、燐もおとなしく乗せられていた。

 再びどん、どん、と重たい音が聞こえた。燐は空を見上げたが、わずかに雲に隠れた月が見えるのみだった。
 今は夏休み。今日は花火大会があって、二人は一緒に見に行く途中。
 二人は付き合い始めたばかりだったけど、友達だった時とどう違うかと聞かれたら、燐にもよく分からない。お互いの気持ちは確かめ合ったけど、それからどうすればいいかなんてさっぱり分からないままだった。
 おまけに夏休みとはいえ、祓魔師のたまごである二人は結構いそがしい。高校生らしく宿題もこなさなくてはならないのだが、それ以上に雑用に駆り出されたり、簡単な任務を手伝ったりと、あまり遊ぶひまがなかった。
 世間の恋人同士なら、付き合って初めての夏なら、イベント盛りだくさんってやつなのでは。
 勝呂の考えていることはよく分からないが、燐としては少しくらい、勝呂と一緒に過ごしたかった。せっかくの夏なのだ。
 なので幸い二人とも任務もない今夜、
「なあなあ、行こうぜっ」
と燐がしつこく誘って、初めは乗り気でなかった勝呂もようやく重い腰を上げてくれたのだった。だが人ごみはいやだと言うので、燐はやっぱりだめかとがっくり肩を落とした。
 せっかくだし、勝呂と二人で見れたら楽しいだろうな、と思ったのだが。
 だが勝呂は花火を見るだけならいい場所を知っていると言い出した。
 会場近くは人で混雑している。そんなに近くには見えなくても、高台に上れば花火が上がるのは十分見られるはずだと、勝呂は言う。打ち上げ花火など見たことのない燐は、そういうものなのかと勝呂の言うまま連れられてきたのだった。
 同じく花火を観に行くのだろうか、ちらほら見かけていた浴衣姿の人たちも、住宅街を抜けてしまう頃には見当たらなくなる。

「もうちょっとやねんけどな……」

 勝呂のつぶやきと、燐が「おおっ」と声を上げたのは同時だった。ふいに景色が開けて、夜空に鮮やかな光の花が浮かび上がる。
 いつの間にかかなり高いところまで登ってきていたらしい。道の端に寄って下を見下ろせば明かりのともった家々が下の方にある。繰り返し打ちあがる花火に照らされて、なんだか現実離れしたような不思議な眺めになっていた。

「すげーっ!ほんとに見える!」

 思わず勝呂の肩をつかんだ手に力が入る。ぱっと花火が上がり、それからわずかに遅れてどん、ぱらぱら…と音が二人の元に届いた。



 勝呂が足を止めたので、燐も自転車から降りる。そのままぽかんと口を開けて花火に見とれている燐に苦笑して、勝呂は前かごに入れていたペットボトルを取ると、一本を燐に渡す。受け取ったものの、燐の視線は空に向いたままだ。
 勝呂もミネラルウオーターをあおると、同じように空に浮かぶ花火を見上げた。
 日の長い夏とはいえもう真っ暗なはずの空が、花火のせいで明るく染まっている。
 燐が喜んでいるのなら、苦労してこんなところまで来たかいがあるというものだ。勝呂がガードレールに腰かけると、燐も気づいて隣に座る。
 しばらくの間、二人は無言で花火に見とれていた。赤、青、緑、白、様々な色の火花が飛び交っている。
 ようやく燐が勝呂の方を向いて、にっこり笑った。

「綺麗だなあ!俺、こんなにでかい花火観たの初めてだっ」
「そらよかったわ」

 頬を紅潮させているのがなんだか可愛らしく思えて、勝呂も思わず笑い返してしまう。正直なところ、そんなに興味はなかったのだが、実際に花火が上がると、やはりみとれてしまった。
 だが時計を見ると結構な時間になっている。
 勝呂はペットボトルの中身を飲み干すと、「そろそろ帰るか」と立ち上がった。だが燐は「えー、なんだよそれ!もうちょっとゆっくりしてこうぜ」と座ったままだ。

「最後までみとったら、門限間に合わんのちゃうか」
「そ、そりゃそうだけどっ」

 もごもごと何か言いたげな燐の方へ近づくと、ふいに、燐が勝呂の袖ををつかんで引っ張ってきた。

「なん……」
「はっ、花火も観たかったけど、勝呂とふたりで観るからいいんだろっ……」

 だからもうちょっと、と燐が恥ずかしそうに言う。
 今が暗くてよかった、と勝呂は思った。多分今、自分の顔は赤くなっているだろうから。そういえば二人きりになる機会はあまりなかったが、忙しさに紛れてしまっていたし、今の自分は恋愛にうつつを抜かしている場合ではないという意識の方が強かった。
 だが勝呂だって、好きな相手がいて、一緒にいたくないわけがない。
 急に恥ずかしくなってなんといえばいいか分からず、返事をしない勝呂に、燐は何を勘違いしたのか「ごめん……」とうなだれた。
 燐はうるさく自己主張するようで、すぐに自分の気持ちを隠してしまう。勝呂は慣れないことをする自分を恥ずかしく思いながら、再び燐の隣に座った。そのまま思い切って肩に腕を回すと、燐がびっくりしたように見上げてくる。
(あんまりこっち見んなや!恥ずかしいからっ)
 内心は緊張でどきどきしているのに、なんとか平静を装って勝呂は話しかけた。

「謝ることやないやろ。俺かて、その、……奥村と一緒の方がええ」

 燐はそれを聞いて嬉しそうに笑う。こてんともたれかかってきた。思わず心臓が大きく高鳴ってしまう。

「後、夏祭りもいきたいし、海もプールもいきてえ!」
「……遊びたいだけやろ、それ」

 すっかり調子を取り戻した燐に突っ込みをいれたい勝呂だったが、ぴったりくっつかれているので、緊張を悟られないようにするのでいっぱいいっぱいだった。正直なところ花火を楽しむどころではない。
 燐の横顔を盗み見ると、瞳に明かりが映ってきらきらと光っていた。

「花火、また来年来ような!」
「せやな」
「一緒にだぞ!」

 もう来年の話か、と思ったものの、「ええな」と勝呂もうなずく。

「じゃ、それまで俺たち、一緒……だよな?」
「はあ?……心配せんでも、毎年連れて来たるわっ」

 急に不安そうに確認してくる燐が、たまらなく可愛かった。肩に回した手に力をいれると、燐がぎゅうっとしがみついてきた。目があって、無言のまま見つめあう。燐がゆっくり目を閉じた。
 その時。

 ど、どどどどど……っ

 大きな音が響いた。
 最後に大輪の花が咲くように、ひときわ大きな花火が上がる。それが最期だったようで、夜空には漂う煙が見えるだけになった。
 どお……おん、と打ち上げの音の余韻が終わると、急にあたりがしん……と静まり返ったように感じる。
 はっと気が付くと、燐もまた呆然と空を見ているところだった。

「最後、観損ねたな……」
「そ、そうだな……」

 抱きついたままだったのに気が付いて、どちらからともなく笑い出した。結局花火なんか口実で、燐と二人だったらどこにいたっていいのだと思う。
 勝呂は改めて、燐の体を引き寄せた。




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