過去拍手

□ホワイトデー
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ホワイトデー話




燐に、明日予定あるか?と聞かれて、その時は何も考えずうなずいた。
三年生が卒業間近のこの時期、なんとなく校内が浮ついているような気はしていたが、部活も入っていなければ、先輩後輩のかかわりもない。あまり関係のない話だった。
ところが例によってそういうことにはうるさい幼馴染が、「ホワイトデーどうしますん?」と言ってきたことで、事情が変わった。

(もしかして、なんか期待されとるんやろうか?)

勝呂がそう考えたのも無理はなかった。
二人はバレンタインデーに恋人になった。と言うことは、当然付き合って一ヶ月になる。
チョコレートも貰ってしまったのだから、お返しをするべきなのか。
バレンタインほど盛り上がりに欠ける(気がする)ため、うっかり失念していた。
……今までそういった行事に縁もなかった上、自分も相手も男だ。先月は告白のきっかけになったのだからいいとして、今度も乗っかる必要があるのだろうか。
悩みながらも、慌ててコンビニへ走る。たいしたものは用意できないが、それでもないよりましだろう。燐のがっかりする顔も見たくないし。
しかしそこで、勝呂はまさにその相手と鉢合わせしてしまった。

「勝呂ー!」

自分の姿を見つけたとたん、ぱあっと笑顔になって駆け寄ってくる。
何してんの、と言われて、まさかお前にやるものを買いに来たとは言えなかった。
万年金欠の燐が、コンビニにいるのは珍しい。
内心焦りつつ、質問に質問で返してごまかす。

「奥村こそ、何しとんねん。」
「ああ、俺?俺はさあ、ホワイトデーのお返しを……」
「何?!」

ということは、燐は誰かからチョコレートを受け取った、ということだろうか。自分は燐以外の人間からのものは全て断ったと言うのに。
呆然としてしまう。いや、もちろん、自分がそうしたからといって相手に強要するつもりはないのだが、微妙にショックを受けたのは確かだった。
燐はそんな勝呂に気づく様子もない。
よく見ると、すでに目的のものは購入済みだったらしく、燐の手にはビニール袋がぶら下がっていた。

「でもさあ、面倒だよなあ」
「めっ……そんなん、言うたらあかんやろ。気持ちやねんから」
「だけどさ、数が半端じゃないんだって!かえって作った方が安くつくかなあって雪男に言ったんだけど、そんなことしたら勘違いさせちゃうからだめだって言うんだよ」

今は料理男子はもてるって言うしな!これ以上もてたら身がもたない、なーんてなー。

からからと笑う燐をよそに、勝呂は青くなっていた。
――”数が半端じゃない”!?そんなにぎょうさんもらったやなんて、聞いてへんぞ!
確かに燐はがさつだが、根は正直で、ちょっと天然がはいっているところが可愛い。女の子もそんなところがいいと思うのだろうか。
他人が燐の魅力に気づいているのかと考えると、何故だか悔しくなった。

「勝呂も悪ぃな、明日は頼むよ」
「た、頼むて……なにをや?」
「だから明日さあ、予定ないんだろ?お返し配るの手伝ってほしいんだよな。悪いんだけど……お前以外に頼むのもなんだし、いいだろ?」

あっさりと燐は言った。複雑な心境の勝呂をよそに、あ、ごめんそろそろ俺いくな!と言って燐が店を出て行く。
思わずそれを見送ることしかできない勝呂だった。
もう自分が買い物をする気はすっかり失せてしまっている。燐のあの様子だと、勝呂に何か期待しているということはなさそうだ。

(なんか……なんか……あんなん、ありなんか!?)

チョコレートの数を競うようなまねがしたいわけではないが、仮にも付き合っている相手に対して、燐のさっきの言動はあまりにも無神経ではないだろうか。
自分ひとりだけから回りしていることにがっかりして、勝呂は結局何も買わずに店を出た。



翌朝、勝呂はいつも学校へいく時間より前に寮を出た。奥村兄弟の暮らす男子寮へと向かう。昨日の夜、メールで燐に頼まれたのだ。

「おはようさん」
「おはよー勝呂!」
「おはようございます、勝呂くん」

食堂のドアを開けた途端、そこに見えたものに勝呂は驚いた。山と詰まれたお菓子を、燐がせっせと袋に詰めている。

「これは、なんなんですか……?」
「すみません、勝呂くんまで巻き込んでしまって……」

雪男の申し訳なさそうな顔を拝めるなんて珍しい。

「中身が違うとさあ、またもめるかもしんないじゃん?だからいくつか買って、詰めなおしてんの」
「はあ……」
「本当は自分で渡すのがいいのは分っているんですが、僕一人では、今日中に渡せそうになくて。手渡ししていたら間に合わないので、すみませんがお願いします」

そういって渡されたのは、リストと詰め終わったお菓子の入れられた段ボール。
そうして勝呂は、ようやく事態を飲み込んだ。

「……ということは、これ全部、若先生がチョコもらいはった子ぉなんですか?」
「そうそう!ったく、世の中不公平だよな!」

昨日悩んだ自分が馬鹿みたいに思える。コンビニで会ったのも、忙しい雪男のかわりに、燐が買い物をしていたのが本当のところだったのだ。
でーきた!と燐が立ち上がった。

「んじゃ、今から手分けしてリストの名前のある靴箱にこれを入れていくから!」
「靴箱……?」
「言ったろ、いちいち直接渡してらんないんだって!」
「他の生徒たちが登校してくる前の方が、早く済むと思いますので」

雪男にまでお願いします、とまで頭を下げられて、断ることができるわけがなかった。

三人で手分けして、せっせと配っていくと、箱の中身は案外早く減っていく。食べ物を靴箱に入れることに少々抵抗を覚えた勝呂だったが、仕方ないのだろう。
なんせ数が半端ではない。どうやら同級生のみならず、上級生の分もあるようだった。
ちらほらと登校する生徒の姿が増えてきている。いぶかしげに見られるのもなんだか恥ずかしくなり、早く済ませようと気ばかり焦ってしまう。燐はあと三年生だな、と箱を抱えてそちらに行ってしまって、勝呂は雪男と二人になった。

「……ほんとうにすみません」
「いいえ、たいしたことあらへんです」
「こんな個人的なことで、勝呂くんの手を煩わせるのは本意ではなかったのですが……」

妙に堅苦しい言葉遣いの雪男に、ひやりとするものを感じる。

「勝呂くん、兄さんと付き合ってるんですって?」

がたがたっ、がたーん!!
不意打ちの質問に、動揺して勝呂の手がつい滑ってしまった。
燐との関係は、別に隠すつもりはない。だが、わざわざ報告するようなことでもないし、必要なら燐が言うだろうと思っていた。
しかし、雪男には、勝呂は燐をたぶらかしたように見えているのかもしれない。自分の兄が男と付き合っているなんて話、面白いわけがないのだから。
冷や汗が出そうな思いで、慌てて散らばった小袋を拾う。
雪男はなにごともなかったかのように淡々と作業を進めている。

「す、すみません……」
「別に謝っていただくことではないですよ。兄は兄、僕は僕です」
「ええと、それはそうなんですが……」
「勝呂くん」

急にひた、と見つめられた。眼鏡の向こうは感情の読めない顔で、次に何を言われるのかと身構えてしまう。

「言わずもがなですが、兄が何者かを知っていて、そういう関係になったんですよね?」
「それは、もちろんです!」

雪男と勝呂は同じ歳とはいえ、相手は祓魔師で講師、立場としてはぐっと上だ。おまけに今の勝呂は、いわば娘をヨメに下さい的なシチュエーション。自然、固い返答になる。

「まあ、最近の兄の浮かれっぷりを見る限り、そんなことはないと信じていますけど」

――泣かせたら、許さないですよ?

にっこり笑っているのに、威圧感が半端ない。怖いわあああ、と内心びびりつつも、ここは負けてはいられない。

「泣かせません!」

勝呂はがし、っと雪男の手を掴んだ。遊びでも冗談でもないことは、自分が一番よく知っている。葛藤がなかったといえば嘘になるけれど、燐のことが好きで、大切だと言う気持ちは本物のつもりだ。
ガキのたわごとと言われても。

「俺は、奥村のことが好きやし、ずっと大事にします!せやから……」
「す、勝呂くん……っ!」

雪男は、びっくりしたような顔をした。

「分りましたから、手!離して下さい!」
「ほな、認めてもらえるんですか?」
「認めるも何も、二人の問題でしょうが!」

最初に口を出してきたのはそっちのくせに、と思いつつ、しぶしぶ勝呂は雪男を開放した。
丁度いいタイミングで、燐が顔を出す。

「終わったぞー!……あれ?何してんの?」
「なんでもないよ!」

目線で、雪男にこのことは黙ってろ、と言われた気がした。勝呂は(若せんせは、過保護やなあ)との思いを強くする。
まあいい。
どさくさに紛れてだが、これで少なくとも、雪男の前では燐と堂々と付き合えるだろう。

「ゆきおー、これで貸しひとつだな!」
「貸しって何。それを言うなら、僕は兄さんにはひとつどころじゃない貸しがあるけどね」
「むっ、なんだと!せっかく手伝ってやったのに」
「はいはい。ありがとありがと」
「感謝の気持ちが伝わらねえ!」

じゃれあう奥村兄弟を目の前にしていたら、どっと疲れが肩にきた。なんだかんだ言いながら、二人は仲がいいのだ。兄弟だから当たり前といえばそうなのだが、今日雪男に釘をさされたことで、勝呂はちょっとそれ以上を勘繰りたくなる。
先に行くわ、と告げると、何も気づいていない燐は、またあとでなー!とにこにこして手を振った。

可愛い恋人を得る代償に、ブラコンの兄弟がくっついてきただけの話だ。現金にも、燐の笑顔に頬が緩んだ。




ホワイトデーに関する出来事は、これで終わりのはずだった。

しかし問題は別のところから起こった。
どうも、ちくちくと女子生徒からの視線を感じるのだ。気のせいかと思っていたが、どうもトゲのあるそれに、落ち着かない。
自分でも悪人面なのは自覚しているが、入学当初ならともかく、今になって怖がられるようなことはしていないつもりだ。
首を傾げつつ、落ち着かない一日を過ごした勝呂は、塾の時間になって驚愕の事実を知らされた。

「ちょっとアンタ、奥村先生に告白したんですって?」
「……………はあ?」

犬猿の仲(というより、一方的に敵視されている気がしなくもない)出雲が、そういううわさが女子の間に広まっている、といい出したのだ。

「アホ言え。そんなんあるわけないやろ」
「だって、”早朝から奥村くんが告白されていた”って、すごいうわさになってるわよ。奥村違いじゃないのって思ったんだけど、違うみたいだし」

心なしか面白がっている風な出雲の話に、勝呂は口をあんぐり開けた。

「金髪トサカにピアスなんて、アンタのほかにいるわけないじゃない」
「ちょ……っちょお待て!なんでそんな話になるねんっ!」
「知らないわよ!心当たりあるの?」

あるといえばある。そういえば、朝のあの時、周囲には他の生徒達もいた。「奥村が好きだ」とも口走った。
傍から見れば、確かに誤解されそうなシチュエーションだったかもしれない。

「おっ、奥村言うてもやなあ……!」
「あ、やっぱり奥村違いなの?まあ仕方ないわね、学園で奥村君って言えば、弟の方が有名なんだから」

明日から、「奥村くん」を狙っている不届きなやつ、ってことで、アンタ、女子から目のかたきよ?

ふふふっ、と笑う出雲は、大変楽しそうだった。日ごろの溜飲を下げたというところだろうか。わざわざ自分から話しかけにきたのも、勝呂のことを馬鹿にしたかったからに違いない。

とんでもない誤解だ。
なかなかに前途多難な予感がする……。
勝呂はすっかり頭を抱えてしまった。


おしまい。


***
バレンタインのお話も書いたので、ホワイトデーも!と
ぎりぎりになって書いたお話。
雪男と勝呂って、頭のいい者同士、一般の生徒から見たら違和感ない組み合わせ……
ってこともないか(笑)。

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