過去拍手
□バレンタインキス
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拍手お礼SS
☆少しですが、小説およびアニメネタが出てきます。
申し訳ありませんが、その点を踏まえた上で読んでくださいますようお願いいたします。
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セント・バレンタインデイ。
お菓子会社が仕掛けた戦略らしいが、そんなことは今どうでもいい。
テレビをつければチョコレートのCMが流れ、街へ出ればあちこちのショーウインドウにバレンタインの文字が躍る。
学校ではところどころで、少女達の内緒話。
チョコレートに事寄せて、告白の相談でもしているのだろうか。
いやでも気になってしまうように仕向けられている。
そんな時期。
「はあ〜、出雲ちゃんとか、くれへんやろねえ」
いつものように昼食を食べている最中、志摩がはあ〜、と言うため息とともに吐き出したのは、間近に迫ったバレンタインの話題だった。
「多分おかんがお前の分も送ってくるわ。よかったな」
「ちょっ!母親からのチョコをカウントに入れるとか、ないわあ!なあ子猫さん」
「志摩さん……」
「……分かった。ほな志摩はいらんって言うとったって伝えとくわ」
「い、いやいや!そんなこと言うてませんやん!ただ、女の子からもらってこそのバレンタインやっていう話をやね、」
「志摩さん、毎年必死やねえ」
「そらそうや!朝、靴箱開ける時のどきどき感たるや、半端ないやろ?」
「そないもらってもしゃーないやんけ」
「坊はヘンタイやからそんなこと言えるんですー!なな、奥村君かていくつもらえるか気になるやろ?」
相変わらず漫才のような京都組の会話を聞きながら、一人もくもくと弁当を食べていた燐は、急に話をふられて首をかしげた。
「俺、中学ほとんどいってねえからそんなの考えたことねえ」
「……う、そうきたか……」
「それに俺、今年は雪男が大変なことになりそうな気がするんだよな……」
燐のその言葉で、その場の全員が雪男の顔を思い浮かべてしまった。
祓魔塾の講師という裏の顔を知らない学園の女子生徒たちにとって、奥村雪男は羨望の的。成績優秀容姿端麗、当たり障りのない笑顔も人気の要因ときて、しょっちゅうラブレターだの告白だのもらっているのだ。
「確かに、若先生ぎょうさんもらえそうですね……」
「羨ましすぎるわあっ!」
苦笑する子猫丸に、叫ぶ志摩。
うるさい、と志摩の頭をひとつはたいておいて、勝呂は食べ終えたパンの包みを片付け始めた。
すると燐が、
「勝呂もたくさんもらえそうなんじゃね?」
「はあ?」
「だってかっけーもん」
燐が無邪気な顔で笑うので、どう反応してよいか勝呂が迷っていると、
「そうやわ!坊は自分がモテはるからそんなに余裕なんやわ〜」
と志摩が泣きまねをしている。あほか。
自慢ではないがこの強面で、今までモテたなんてためしはない。
確かに一度、手紙をもらったことはあるが……いやいや。あれは黒歴史や。
今度こそ本当に志摩の頭をどつくと、「もう昼休み終わるで」とその話は強制終了させた。
――あほらし。なにがバレンタインやねん。
「そんなもん、本命からもらえんかったら意味ないやんけ」
思わずつぶやいた言葉は、志摩にだけ届いてしまったらしい。意味有りげな笑いが志摩の顔に広がるのを見て、勝呂は思わずふい、と顔をそらした。
ほんま、あほらしいわ!
**
今時のバレンタインは、義理チョコだけでなく、友チョコ、なんてのもあるそうだ。
数日前に話題に出たバレンタイン。
志摩が言い出すまで、燐の頭にはかけらもなかった単語だったはずなのに、今自分のカバンの中にはしっかりチョコレートの包みが忍ばせてある。
いつも世話になってるから、と自分に言い訳しながら作ったのだ。……勝呂に渡そうとして。
(うーんやっぱり、男の手作りは引くかな……)
勝呂は、見た目は怖いけど、賢いし親切だし、しばらく一緒にいたら絶対よさが分かってくるタイプだ。
だからきっと、今日もチョコレートだってたくさん受け取りそうな気がする。
たくさんもらううちのひとつなら、何気なく渡せばそんなに不思議には思われない。……と思った。
だから思い立って作ってみたのだが、渡したときの反応を考えれば考えるほど心配になって、結局持ったまま。
朝、会った時にでもさりげなく渡してしまえばよかった。
じゃあ昼休みにでも、と思ったのに。
(一個しかないなんて、絶対変だよなあ!!)
勝呂だけに渡すなんて、それこそ何かあると思われそうで、絶対無理だ。
なんで俺、志摩と子猫丸の分も作らなかったんだ?
昨日の自分を呪っても仕方がない。
ため息をひとつつくと、チョコレートはそのままに、弁当だけをカバンから取り出した。
学園内も、なんとなくそわそわした雰囲気に包まれているような気がする。
いつも3人と昼食を取っている教室へ向かう途中、ぽんと肩を叩かれた。
振り向くと勝呂が立っていて、そのまま連れ立って歩く。
自分にやましい気持ちがあるせいか、なんだか落ち着かない。
言わなくてもいいのに、つい燐は意味もなくぺらぺらとしゃべってしまった。
「勝呂、チョコもらった?」
「……なんや、奥村まで……」
「あ!その顔はもらったんだな?」
「お前も志摩みたいなこと言いな」
「いーじゃんいーじゃん、もしかして、告白なんかもされちゃったりして〜」
ふざけて言ったつもりだったのに、みるみる勝呂の顔が赤くなっていくのを見て、燐は訊ねたことを激しく後悔した。
……聞くんじゃなかった。
「今はそんなことにかまけとる場合ちゃうんや」
「……そ、そっか……そうだよな……」
「それにチョコレートかて、好きな相手から貰うから嬉しいんやろ。それ以外からもろても、意味あらへん」
「え、勝呂、好きなひといんの!?」
燐は思わず足を止めて、聞いてしまった。
「ああああああほ!そんなもんおるか!!」
**
いないって言ったけど、あれは絶対いる。
からかってみたけど、まさか本当に勝呂に好きな人がいるなんて思っても見なくて、そしてそのことに想像以上のダメージを受けている自分に気がついて、チョコレートなんて渡せるわけがなかった。
(そんなに大事な相手なんだ……)
志摩に聞けば、勝呂はなんと、義理チョコも全て断ったのだと言う。
と言うことは、自分が渡しても受け取ってもらえなかったんだろうな。
男子寮に戻った燐は食堂の机につっぷして、頭をがりがりかきむしった。
泣きたい気分だ。
勝呂のことは、憧れだったし、他にはない仲間意識みたいなのもあって、……それだけのはずだったのに。
一日中カバンの中から出されることのなかった箱を取り出してみる。
あんまり凝ったのはかえってよくないかなあ、と簡単にできるトリュフにしてみた。
ココアパウダーと抹茶の二色で、我ながら綺麗に出来てると思う。
ひとつつまんで口に入れると、ほろ苦い甘さが広がった。
「うーん、やっぱ俺、天才」
涙が出そうになったけど、何も始まってないんだから、何も終わってない。ただ自分が、勝呂のこと好きだったんだあ、と発見しただけだ。
むなしすぎる。
ほんとばかばかしい。
夕食のしたくもせずにぐだぐだと伸びていたら、大荷物を抱えた雪男が帰ってきた。
「おかえりー。大量だね」
「……兄さんは、なにしてんの」
以前クラスの女子が作った弁当を断って酷い目にあった雪男は、今回のチョコレートは全て断らなかったらしい。
段ボールの中身は何なのか、聞かなくても分かった。
手に持っていたそれをテーブルの上にどすん、と置くと、燐の目の前にある小さな箱を目にして、雪男は片眉を上げた。
「……それ」
「あー……チョコだよ。」
「んなもん見れば分かるよ!あのねえ、なんのために僕が散々試食したわけ?」
「悪かったよ……」
実は昨日、客観的な意見が聞きたくて、雪男にいくつも食べさせたのだ。協力させられといて結局渡せずにいるのだから、弟が腹を立てるのは当たり前だろう。
それでも、なんとなく燐が落ち込んでいるのに気がついたのか、雪男はそれ以上追求はしなかった。
しかし、
「それより、兄さんにお客さんだよ」
「は?」
「もー面倒かけさせないでよね。寮の玄関で待ってるって」
そういえば、まだバレンタインデーは終わってない。
もしかしてもしかすると、俺宛にチョコを渡そうとする女の子とか……?
「悪かったな、俺で」
ところが、そこに立っていたのは勝呂だった。
彼を見た瞬間、がっくりと肩を落とした燐をみて、なにか勘違いしたのだろう。眉間の皺が、いつもよりさらに深くなっている気がする。
「いやいや、悪くねえよ、可愛い女の子かなーなんて、期待したなんて言いませんよ?」
「言うとるやないかどアホ。……まあええわ」
そう言って燐に差し出されたのは一冊のノートだった。
「これ、簡単に試験の範囲、要点まとめたやつ。今日渡そうと思ててんけど、タイミング合わんかって」
「えー、わざわざ?明日でもよかったのに」
「こういうのは早い方がええやろ」
やっぱり勝呂はいいやつだなあ。くそう、かっけえ。
じんと胸が熱くなって(くれたのが勉強用のノートだというのは少し……いやかなり、残念だが)、燐は帰ろうときびすと返した勝呂を慌てて捕まえた。
「なんや?」
「え、えーとえーと…せっかくきたんだし!ちょっと寄っていけよ」
「……えーけど」
食堂まで連れて行くと、部屋に戻ったのか雪男の姿はもうなかった。トリュフの箱を急いで冷蔵庫に入れると、昨日の残りの製菓用チョコレートが目に入る。
(このくらいなら……いいよな?)
**
しばらくしてキッチンから戻ってきた燐の手には、ほわほわと湯気を漂わせるマグカップが二つ。
甘い香りとともに勝呂の前に置かれたその中身は、とろんとした濃いブラウン。
燐に礼を言って、両手でマグを包むと、外の冷気で冷えた指先が、じわじわ温まってくる。
ふうふう、と湯気を吹いてからそっと口をつけると、予想より甘くない。
(ホットチョコレートなあ……)
勝呂が飲むのをまじまじと見つめていた燐は、勝呂がふと目を合わせると、慌てて言った。
「ちょっとアルコール入ってるけど、風味づけだから」
言い訳のようなそれに、怒られるとでも思ったのかと苦笑する。
「そんくらい分かるわ。初めて飲むけど、美味いな。これ」
「ほんとか?よかった!」
ぱっと笑顔になると、燐も自分のマグカップに口をつけた。
「あっちーーー!」
「……お前……アホやろ……」
「うううううるせえ!ちょっとうっかりしただけだろっ」
「まあ奥村がアホなんはいつものことやけどな」
騒いでいる燐を放っておいて、中身を飲み干す。温かいそれに、心も温まった気がした。
「ごっそさん。」
「お、おう。おそまつさま」
そのまま視線を外さず、燐を見ていると、「なんだ?」と首をかしげる。
こんな意味深なもの出しておいて、勝呂が何も気づかないと思ってるんだろうか。
アホやアホやと思っていたけど、いよいよほんまのアホや。
勝呂はため息をつくと、さっき飲み終えたばかりのマグカップを指先で弾いて見せた。
「なあ奥村」
「うん」
「これ、チョコレートやんな」
「え?う、うん、そうだけど……?」
「俺言わんかったかな?好きな相手以外からもろても意味ない、て」
途端に燐が目を見開くのが見えた。しゅん、とうつむいて「ごめん、そんな深く考えなくてもいいかと思って」ともそもそ、つぶやくように話す。
「なんで謝るん」
「え、だって……」
急におどおどし出した燐に、確信に近いものを感じて、勝呂はにやけそうになる顔を抑えるのが大変だった。
(俺は卑怯やなあ。確かめてから、言おうやなんて)
「さっきの火傷、大丈夫か?」
急に変わった話題に戸惑ったようだったが、燐はこくりとうなずいた。
勝呂が顔を近づけても、おそらく燐は何をされるか分かっていなかったのだと思う。
舌出してみ、と言われて素直に従うあたり、可愛いが本気で心配になる。無防備な燐の赤い舌は、勝呂のそれでぺろりと舐めるとびっくりしたように引っ込んでしまった。
構わずに追いかけ、そのまま燐の唇に吸い付く。
柔らかくて温かいそれは、さっきのチョコレートより甘かった。
「んっ、……ん……っ」
燐の口の中を舐めるようにキスを続けていると、どんどんと勝呂の胸を叩いてくる。
諦めて唇を離すと、苦しかったのか燐は肩で息をしていた。
涙目になった燐が、ぐい、と手の甲で口をぬぐう。
「なにすんだよっ!!」
「何、て。チョコの礼やん」
「はあああ?」
「バレンタインのチョコやろー。おおきに。」
「だっ、だって、好きな相手じゃないと、って」
「せやから、好きな相手からもらえてよかったわ」
「え?……えええ?」
まだ混乱している燐は、抱き寄せても抵抗しなかった。にやついてしまう顔を見られたくなかったので、燐の顔を自分の胸に押し付ける。
「もらえるとは思ってへんかったから。……俺の好きな相手は、奥村燐やで」
途端、燐は目をまん丸に見開いた。信じられない、という風情で勝呂のことを見上げてくる。
その鼻先にちょんとキスしたら、燐はぼん、と音がしそうなほど真っ赤になった。
セント・バレンタインデイ。
お菓子会社が仕掛けた戦略らしいが、そんなことは今どうでもいい。
甘いチョコレートは、想いを伝えるきっかけ。
end.
**
長くなっちゃってすみません。
いろんな意味でベタなネタばかりですぐりん。