過去拍手

□新しい年
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大晦日、年越しということで。




トイレを口実に騒がしい座敷から抜け出すと、燐ははあ、と息をついた。
京都の夜は、しんと冷える。
ひたひたと廊下を抜け、目に付いた庭に下りてみた。
遠くで喧騒が聞こえるが、他にはほとんど物音がしない。燐は庭に面した縁側に腰を下ろした。


燐が年末年始を男子寮で過ごすと聞きつけた勝呂に、京都へ誘われたまではよかった。
じゃあ雪男も一緒に、と言えば、祓魔師の集まりでいけないという。
兄さんを一人にするのは忍びないから、行ってきなよと言われたものの、燐は未だ監視つきの身分。一人で正十字学園を離れるのは許されない。
そこで名乗りを上げたのがシュラだったのだが、お目付け役と言うより、どうみても自分ひとり楽しんでいた。

だいたい、俺が一人で残るのがかわいそうだってんなら、雪男はどうなんだよ。仕事じゃねえか。

祓魔師で集まりがあるというなら、本来はシュラも参加ではないのか。
どうせ面倒な集まりより、ただ単にタダ酒が呑めるから付いて来たのだろうと燐は疑っている。あののみっぷり、多分間違いないと思う。
勝呂にしても、志摩や子猫丸にしても、京都に帰ればそれなりの立場も役目もある。
燐としては、監視役を連れてまで来たくはなかった。

案の定、旅館に着いたとたん、勝呂はあいさつ回りに駆り出されてしまった。
一人では暇を持て余し、せめて旅館の手伝いでも、と申し出れば、勝呂の母親に「今回はお客さんやし、ゆっくりしといたらええよ」と断られ、結局あてがわれた部屋で一人、ぽつんといるしかなかった。
夏にできなかった観光をしようかとも思ったが、それも一人では味気ない。
結局、テレビを見て時間を過ごしてしまった。
(雪男に宿題は持たされたが、やる気になんかなるわけない)

途中部屋に顔を出した志摩が、年越しは皆でしましょうな〜と声をかけてくれたが、勝呂は姿も見せない。
一体何のために燐を京都くんだりまで連れ出したのか、全く意味がないじゃないかと心の中で悪態をつく。
こんなことなら、自分の部屋でクロと過ごしている方がよっぽどマシだった。


極めつけは先ほどまで燐のいた大広間での忘年会。
……と、言う名の明陀宗の集まり。
黒の法衣に埋め尽くされた畳の間で、明らかに自分とシュラは浮いていた。
居心地が悪くて、足がもぞもぞする。
見知った顔はちらほらあるが、こちらから声をかけるのもためらわれた。
シュラはそんなことは微塵も気にした様子はない。早々に酔っ払って、何が楽しいのかケラケラ笑っている。
この場に雪男がいないのが恨めしい。
あいつがいたら、この酔っ払いを押し付けてやるのに。

「あ〜なんだあ?辛気臭い顔しちゃって。お前も呑め呑め〜」
「や、俺未成年だから。呑めねえから。」
「なにィ?アタシの酒が呑めねえってのかあ」

めんどくさい。ひたすらめんどくさい。つか、お前の酒じゃねえし。
目の前の料理を箸でつつきながら、ちらりと上座を見ると、次期座主様は大勢に囲まれて、話をするのに忙しそうだ。
うう帰りてえ…とうなっていると、シュラは近くの僧侶を捕まえて、なにやら上機嫌でからんでいる。
夏のひと騒動で、明陀の人たちはシュラの働きを目にしている。おろそかにはできないのだろう。

それをいい潮に、申し訳なく思いつつも燐はそっと座敷を抜け出した。


同級生達は、なんだかいつもと違う顔に見えた。ここが彼らの家なのだし、当たり前といえば当たり前だ。それでも、なんとなくさびしい気持ちになる。
燐は友達ではあるが、ここでは部外者だ。


足をぶらぶらさせながら、ごろん、と寝そべった。
磨きこまれた床板がひんやりして、さっきまでのひといきれで火照った頬に冷たい。

「勝呂のばーか。」
「ばかとはなんや、ばかとは」

目だけを上げると、不機嫌そうな声の主が見えた。燐が部屋を出たのに気がついていたのか。ちょっと意外に思った。

「なんだよ勝呂、抜け出して平気なのか」
「一段落したから大丈夫や。お前こそ、ちゃんと飯食うたか」
「食った食った。ごちそーさん。勝呂の方こそ、食う暇なかったんじゃねえの」
「俺はええねん」

そういうと、勝呂は燐の隣にどっかりと腰を下ろす。
見慣れない和服の勝呂は、ますますいつもと別人に見える。燐は目を細めて、うーっと伸びをした。

「忙しいんだな、時期当主さまは」
「あー、まあな。なんせ皆と会うんは久しぶりやし。でもまあ、挨拶回りが終わったら、また皆任務に戻るわ」

ほったらかしにして悪かったな、と寝そべったままの燐の頭をくしゃくしゃ撫でた。
子ども扱いすんな、とむっとした。ごろんと転がって勝呂に背を向けると、笑い声が聞こえる。

「なに拗ねとんねん」
「別にー。もう俺のことはいいから、戻れよ」
「なんや機嫌悪いなあ」
「だから、拗ねてもいねーし機嫌悪くもねえ!」
「はいはい」

くそ、馬鹿にしやがって。
寝そべったままちらりと後ろに目をやると、勝呂は胡坐をかいた上にひじをついて、庭の方を見ていた。
なんだか知らない人のような気がして、ちくりと胸が痛んだ。あわてて視線を戻す。
燐の知らない勝呂がいる。
まだ一年にも満たない付き合いなのだから、当たり前のことなのに。

「明日は初詣行こうや。志摩たちも一緒に」
「……うん。俺、初詣って行ったことない」
「ほんまか!そんな日本人おるんやなあ」
「お前こそ、寺の坊主なのに神社なんか行くの?」
「それはそれ、これはこれやろ」
「いい加減だな……」

目を合わせないままくだらない会話をしていたら、いつもの調子が戻ってきた。
手だけを伸ばして、勝呂の袖を掴んでみた。

どしたん、と聞かれて、なぜだか泣きそうになる。
いつまでたっても自分はガキで、思ったことのひとつも、うまく言えない。

「奥村、そんなとこで寝てたら寒いやろ?」

こっちこい、と腕を引かれて、うながされるまま勝呂のひざの間に座る。
背中を預けると、勝呂が燐の腹に手を回してきて。こんな、誰が通るか分からないような場所でいいのかよと思いつつも、勝呂の手に自分の手を重ねた。
なんだかんだで自分はさびしかったみたいだ。冷えた指先に、勝呂の手から少しずつ熱が移る。
肩越しに勝呂の吐息が触れるのがくすぐったい。

「こっち来てくれてありがとおな」
「へ?礼を言うならこっちだろ。旅館泊まらせてもらって……」
「そうやなくて、……お前ほんまは来たなかったやろ」
「うーん、まあな〜だってお前ら忙しそうだし、俺いても邪魔なだけだし」
「邪魔なんてことあらへん。それに、年越しに奥村一人にしとくん、なんか嫌やってん」

どうせやったら、一緒にいたいしな。と、恥ずかしげもなく言われて、燐のほうが照れてしまう。
だったらほうっておくなよ、と言いたいのを我慢した。
勝呂には勝呂の立場がある。
それを目の当たりにするのが嫌だなんて、わがままにもほどがある。

「明日、さ……」
「うん?」
「楽しみにしてる、から……」

自分だって勝呂と一緒にいられて嬉しい。でもそんなこととても口に出せなくて、精一杯の一言に、勝呂は喉の奥でくく、と笑う。

もうすぐ日付が変わる。
新しい年も、こうして隣にいられたら、それだけで幸せだろうなと燐は目を閉じた。


***


「……なにしてはりますの、志摩さん」
「しいっ……!子猫さん、今いいとこですねん!」
「?坊と奥村くんやないですか、志摩さん……覗きですか……」
「何その冷たい目っ!二人を温かく見守っとるんやないですかっ。ちゅーのひとつもすりゃええのに、坊ときたらあたたたた」
「はいはい戻りますよ、邪魔したらあきまへん」
「ちょっと子猫さん耳はいたい!耳は〜〜!!」

志摩くん、強制連行。


end.







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