過去拍手
□聖なる夜にきみのしあわせを祈る
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メリークリスマス!
(ただ一日二人で過ごしているだけという話。)
*
外は思ったより寒い。
吐く息が白く流れる。空は青く澄んでいるけど、空気が冷たくてほっぺがちりちりする。
隣を歩く勝呂に、「寒いなあ!」と笑ったら、すっと手が伸びて俺の頬に触れた。
「ほんまや、顔冷たい」
笑って鼻の頭、赤(あこ)うなっとるで、と言われたけど、俺の顔が赤くなったのは勝呂の指のせいだっつうの……。
勝呂のこういう自然に触ってくるとこ、俺は未だに慣れなくてほんと恥ずかしい。
「こんなにのんびりしてるクリスマスって初めてだ」
「実家教会やろ。」
「うん、だから毎年、ミサだのチャリティだの手伝いに借り出されてさ。クリスマスって言えば働いてたなあ」
今年から、手伝う必要なくなったけど。
そのつぶやきに、特に他意はなかった。けど勝呂は困ったような顔して、俺の頭をくしゃくしゃ撫でた。
「俺んとこも寺やし、とくにクリスマス祝った覚えはないなあ」
「え、じゃあサンタさん来なかったんだ?」
「いや、サンタは来た…そういえば」
なんせサンタになりたいおっさんがぎょうさんおるねん、あそこは。
遠い目をする勝呂におかしくなる。
「勝呂、めっちゃ可愛がられてそうだもんな……」
「別に俺だけちゃうで。子どもはみんな」
一度しか行ってないけど、京都支部はみんな和気藹々と仲良さそうに見えた。
勝呂の親父や、志摩の兄弟達を思い出す。
あの中で育った勝呂や、志摩や、子猫丸が、みんないいやつなのはあの環境のおかげなんだろうなあ。
「奥村も可愛がられとったやろ」
「ん?」
「そうやないと、なかなかこんなバカ正直には育たんやろ」
「ば…バカとは何だよ、バカとは」
「褒めとんねん」
「そう聞こえねえ!」
ぶうぶうつまらない言い合いをしてたら、あっと言う間に時間が過ぎる。
映画を観る予定だったので、携帯で時間を確認してたら、勝呂が「なあ」と声をかけてきた。
「お前んとこの修道院見にいかへん?」
「はあ?」
「夏は俺の実家来たやん。次はそっちの番やろ」
「意味わかんねえんですけど」
勝呂の実家行ったって言っても、あれ任務だし。修道院を実家って言うのもなんか違う気がするし。
でもなぜか乗り気になった勝呂に押し切られて、俺は南十字修道院――俺と雪男の育った場所に向かうことになってしまった。
見るだけだぞ、って念を押して。
正十字学園に入学するために修道院を出たときは、メフィストのリムジンに送ってもらった。
今回は電車を乗り継いで、駅から歩いていく。
見慣れた光景が見えてくると、胸の奥がちりちり痛んだ。
正直あまりいい思い出がない街だ。でも、やっぱり懐かしさが沸いてくる。
離れてまだ一年もたってないのに。
久しぶりに見る修道院は、当然だけど変わってなかった。
クリスマス用にあちこち飾りつけがされている。
去年は確か、ジジイに言われて、雪男と二人で電飾を飾りつけたっけ。今年は残っているみんなでやったのかな。
なんだか遠い昔のことみたいだ。
あん時、俺は自分のことも、雪男のことも、そしてジジイのことも、何にも知らなかった。
今でも扉を開けたら、「よお帰ったか」ってあの声が聞けそうな気がするのに。
ぼへっとつっ立っていた俺は、中に入ろうとする勝呂を、慌てて止めた。
「何してんだよっ」
「入らへんのか?」
「俺はちゃんと祓魔師になってからじゃねえと、挨拶なんて行けないの!」
お前だって似たようなもんだろ、
と言うと、勝呂はようやく「ふうん」と気のない返事をして諦めたようだった。
「せっかくやから、奥村と若先生がどんなトコで育ったか、見てみたかったわ」
「……びんぼー修道院なんて、見ても楽しくねえよ」
「貧乏ではうちも負けてへんで」
「よく言うよ!ボンボンのくせにっ」
勝呂といつも通り話していたら、さっきまでのしぼんだ気持ちがいつのまにか浮上してる。
突然俺の頭をぽんぽんと叩くと、勝呂は小さく「すまんかったな」と謝ってきた。
「そんなに落ち込むとは思わんかって……」
「お、落ち込んでなんか」
ねえよ、と言おうとして失敗する。勝呂は唇をかみ締める俺を、見ないふりでぎゅっと手を繋いできた。
いつもだったら恥ずかしいからってすぐに離すけど、今はなんだか勝呂の体温が安心する。
寒いから、って自分に言い訳をして、手を繋いだまま再び駅への道を歩き出した。
クリスマスだからって言っても、映画以外には特にどこへ行くあてがあったわけでもなくて、二人でぶらぶら街を散策した。
ただ、なんとなく離すタイミングを逸してしまって、俺の左手はずっと勝呂の右手に掴まれたまま。
街中あちこちにツリーやリースがきらきらと輝いていて、サンタの格好をした呼び込みなんかもいたりする。
「平和やなあ」
「そうだなあ」
やがて日が傾き始め、駅前の大きなクリスマスツリーのイルミネーションが点灯し始めると、そろそろ帰る時間だった。
夜は俺が用意した夕食を、一緒に寮でとる予定だったから。
休憩しに入ったカフェを出ようとした時、
「あーそや。奥村。これやる」
突然包みを差し出された。びっくりしていると、早よ開けえと促される。
「俺、何にも用意してねえんだけど…」
「奥村は晩飯準備してくれたんやろ。それでおあいこや」
おあいこってのもちょっと違う気がするけど。がさがさと包装紙を剥がすと、中から出てきたのはマフラーだった。
色は深い青。
「もっとええもん用意したかってんけど」
「え!なんで、そんなことない。嬉しいよ」
「奥村最近寒そうにしとったからな」
ぐるぐる巻いて、口まで覆うと確かにあったかい。へへ、と笑ったら勝呂も照れたように笑う。
どこからか聞こえるジングルベルを聞きながら、二人で帰路についた。
こうして勝呂と歩いているのも、考えたら不思議な話だ。
いつも勉強で忙しい勝呂と、一日中一緒にいられるのって、実はかなりの贅沢かも。
勝呂の手から、俺の手に、ふくふくした温かいものが流れ込んでくる気がする。
冬の寒さも、過去の悲しいことも、勝呂といたら平気。
だいぶ前から俺はそうやって、こいつから元気をもらってる。
もらってばっかで、全然返せてないんだけど…。
とりあえず、料理だけは自信があるから、今夜のメニューを思い出しながら、俺は繋いだ手をぶんぶん振りまわしながら、勝呂の耳元で言ってみた。
「今晩は期待してろよー!」
「な……」
すると勝呂が、すごい勢いで俺のほうを向いた。
その顔が、みるみる真っ赤になっていく。
「いきなり何を言い出すねん!?」
「あ?気合入れて料理したから、期待していいぞ、って話だけど……」
「……なんやそっちか」
「そっち?」
「いやー夜を期待しろって言われたら、普通、……なあ?」
「なっ!?」
やっと意味が分かって、今度は俺が赤くなる番だった。
まあそれでもいいけど。なあんて。はは。
なんたって今日はクリスマスで、俺達は恋人同士なんだもんな!
なんとなく目が合って、二人で照れ笑いする。
早く帰ろうって、自然と足どりは速くなった。
end.
*
デートしているだけのお話でした。
藤本神父と奥村兄弟に関しては、ほっこりした話がいつか書きたい。