□小さな憂鬱は、杞憂に変わった
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軽音部に入って、唯は変わった。
勿論、良い意味で。

夢中で楽器に向かい合うその姿は、思わず見惚れてしまいそうな程。
新しい仲間と共に旋律を奏でる様は、その場所へ向かう姿は、とても楽しそうで。

今までは、手を引いてばかりだったのに、最近は背中を見送るのが、当たり前になってきた気がする。
その度に、まるで置いて行かれるような、言い様のない不安感が生まれる。

「…はぁ」

そんな自分に、自己嫌悪。

唯が自分の力で歩むことも、夢中になれるものが見つかるように望んだのも、私の筈なのに。いざそうなって、安心して喜んでいる反面。寂しいと感じている自分がいて、溜め息が零れる。

そんな憂鬱に囚われている所為で、手にした書類の内容が頭に入らない。
既に他の生徒会メンバーは帰らせていて、周りには誰も居ないから、気が緩んでいるのか、再び溜め息。
と。

「の〜ど〜か〜ちゃんっ」

「!?」

いきなり、後ろから抱き締められた。…扉を開く音、したっけ?
っていうか、この子の気配にも気付けない程、この悩み事は深刻らしい。普段だったら気配や雰囲気だけで、何処に居るかも着ぐるみ越しでもなんとなく分かるのに。


「部活は?」

「終わりやした。ので、一緒に帰ろうかと」

平静を装おってそう言うと、当たり前のようにそう返された。

「今日、書類の片付けに時間掛かりそうだから、軽音部の皆と帰ってって言わなかった?」

教室から別れる時、そう話した筈だ。
実際、本当のことだったし。このモヤモヤに気付いてから、少し気持ちの整理をしておきたかったから、今日は一人で帰るつもりだった。

「うん、そうなんだけど、さ」

そんな私の心情等、唯が知る筈もなく、何やらもじもじしている。大方、待ってでも一緒に帰りたいってとこだろうか。

「和ちゃんの様子、最近可笑しかったから」

「っ!?」

予想外。
表には出してないつもりだったのに。唯は、隠してるつもりだったでしょ?って困ったように笑って。

「分かるよ、和ちゃんのことは。ねぇ、悩みがあるなら話してよ。私だけ、いっつも助けられてるんだから。私だってさ、和ちゃんの力になりたいよ」

ギュッと、抱き締める腕に力が込められる。
内容が内容なだけに言い難いんだけど。此処でなんでもないって言ったら、きっと唯は傷付くだろうし、嘘を吐くのも心苦しい。
私は、観念してもう一度溜め息を吐いて、口を開く。

「悩みっていうか、寂しかったのよ」

「寂しい?」

「最近、唯が軽音部に打ち込んでるのが。なんか、置いて行かれてる感じがしてね」

情けない話、ね。って、苦笑しながら振り向くと。唯は数秒ポカンとしていたけど、その顔は徐々に紅潮していく。

「えっと…それってつまり」

「まぁ、俗に言うと、嫉妬?」

瞬間、ボンッっと音を発てる勢いで、唯は真っ赤になる。さっきまでのシリアスな雰囲気は何処へやら。

「嫉妬か、そっか。…へへ」

なんて呟きながら、照れたように笑ってる。

「なんか、嬉しそうね?」

「いや、だって、大好きな恋人がさ、嫉妬してくれてるって、なんか照れるよ」

事も無げに、当たり前のように言われて、顔に熱が集うのがよく分かる。私の頬もきっと紅くなってるだろう。

「それと。私も、嫉妬して貰えるような存在になれたのかなって思うと、嬉しいかな」

「唯は充分魅力的よ」

そうじゃなきゃ、最初から私が好きになる筈がないし、軽音部の皆も惹かれてないでしょ?

「へへ、ありがと。でも、大丈夫だよ」

「何が…!?」
妙に自信満々に言いながら、頬に手を添えられたと思ったら、そのまま唇を奪われた。

「軽音部の皆も大好きだけど。一番は、私がこんなことするのは、和ちゃんだけだから」

滅多に見ない真剣な表情で言われたかと思いきや、直ぐにへにゃりと崩れて、好き過ぎて浮気なんて出来ませんって、照れながら言われた。

「そう。じゃあ、安心ね」

きっと悩みを打ち明ける前に比べたら、かなり緩んでるだろう私の顔を見て、少し安心したような顔をしたと思ったら。

「まぁ、私としては、もっと先に進みた…ouch!?」

調子に乗ってとんでもないことを口走りそうだったので、額を小突いておいた。
憂鬱が杞憂に変わり、今日最後だろう溜め息を一つ。
そして、いけず〜なんて言いながら、その身を離さず待ってくれてる恋人と帰る為に、書類の文字に目を走らせた。


End


















あとがき
如何だったでしょうかf^_^;
嫉妬っていうか、ちょっと寂しがってるだけのような(・_・;)
ただ、唯をほんのり格好良く書きたかったんです。失敗感が否めないけど。
こんなんでよかったら、受け取ってやって下さいm(_ _)m

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