□雨の日がくれた、幸せな時間
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「うひゃあ、びしょ濡れ」

それは、気候が安定しない、季節の変わり目のこと。
いつものドジで、憂が準備してくれていた筈の折り畳み傘すら家に忘れてしまって。ダッシュで帰宅中、そろそろヘバって来たので、適当なところで雨宿り中な訳で。
こんな状況なので、仕方なくギー太は置いて来たから安心だけど。あぁ、でも凄く落ち着かないんだけどね。
こんな日に限って、軽音部の皆も用事やらで先に帰っちゃって。憂は、私と同じく傘を忘れたらしいあずにゃんと帰っちゃったし。…二人共、見てるこっちが微笑ましくなるくらい、凄い嬉しそうだったな。二人共、私の視線にすら気付いてなかったけど。
和ちゃんもなんだか忙しそうで、邪魔するのは嫌だから、選択肢はダッシュで帰る以外、なかったのです。

「はぁ」

息も整ってきたところで、溜め息を吐きながら、ダッシュすべく顔を上げると。

「唯?」

「和ちゃん!?」

愛しい人の姿が其処にあった。
流石は和ちゃん。しっかりと折り畳み傘を持参だったらしい。って、あれ?

「生徒会の仕事は?」

忙しそうじゃなかったっけ?


「雨足が強くなってきたから、早めに切り上げたのよ。それにしても、びしょ濡れじゃない」

連絡くらい、くれれば良かったのに。と、貴女は呆れていた。

「だって、邪魔したくなかったんだもん」

「全く、しょうがないわね」

私の変に気を利かせた言葉に呆れつつ(ちょっと酷くないですか?和ちゃんや)も、鞄から取り出したハンカチであちこちを吹いてくれるその手は、とても優しい。
それだけで、幸せな気持ちになれる私は、結構重症かもしれない。

「えへへ」

「もう、何笑ってるの。このままじゃ、風邪引いちゃうでしょ?」

手遅れな気がしないでもないけどね。と付け加えながら、ハンカチを仕舞うと。今度は、傘を差し出す。

「ほら、帰るよ」

「うん、ありがと」

それからは、部活とか生徒会の他愛のない話をしながら、二人で帰路についた。

愛しい貴女と相合い傘というシチュエーションに、私は顔がにやけて仕方がないのに、貴女はいつもと変わらない様子。
むー。と頬を膨らませながら、和ちゃんの顔を覗き込んで、気が付く。

「…あ」

和ちゃんの反対側の肩は、制服の色が変わってしまうくらい、濡れてしまっていた。
私は、傘に入れて貰ってからは、あんまり濡れてないのに。
あぁ、もう。なんで、そんなに優しいかな。

「和ちゃん」

「…何?」

「うりゃ」

「っ!?」

さっきまで平然としていたのに、腕にしっかりと抱き付くと、その頬はほんのり色を変える。
…可愛い。

「こうすれば、お互い濡れなくて済むよね?」

「既に唯の制服は、結構湿ってるんだけどね」

その言葉に、再び頬を膨らませて、胸に凭れる勢いで、凭れ掛かると。雨音で掻き消されそうだけど、トクントクンと、和ちゃんの鼓動が聴こえてきた。
和ちゃんは、平静を装おっているけど、聴こえる鼓動は、いつもより早くて。

「素直じゃないなぁ」

込み上げる笑みを堪えきれず、遂には声に出して笑ってしまった。
こういうことがあるなら、雨の日のドジも悪くないかなぁ。なんて思いながら、そのまま和ちゃんに身を委ねる。

全く、唯は。という言葉の後に、溜め息が聞こえた。
でも、その頬は紅く染まっていて。

…説得力ないっすなぁ。

なんて思いながらも、和ちゃんくらい、もしくはそれ以上に私の鼓動も高鳴っている。

「ねぇ。雨の日も悪くないね?」


「傘忘れた人が言うこと?」

台詞は呆れていながらにも、貴女の鼓動の早さは変わらない。
あはは、と。苦笑する私の鼓動も煩いくらい鳴っているけれど。

ねぇ。貴女にも、聴こえてる?
煩いくらいの、この鼓動が。

「でも聴こえてたら、ちょっと恥ずかしいかな」

ポツリと呟いた言葉は、雨音に掻き消されて。

「何か言った?」

和ちゃんには、言葉の断片が聴こえてしまってたらしいけど、恥ずかしいから。
さぁ、って言って。知らない振りをした。

途端、雨足が激しくなって、私達は互いが濡れないように、無意識に密着度を高めた。
きっと二人の鼓動は、跳ね上がってる。雨音の所為で、掻き消されてしまったけど。
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