ハレルヤ
□苦しい。息ができない。世界に溺れる。
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「何で帰ってきたと思う?」
怪しく含みのある言葉。あの頃と変わらずにニヤリと笑った彼の意図は分からない。だけど何となく胸がざわつく。今更帰ってきても、と思っても仕方が無いよね。分からない、何で?と聞けば久しぶりに聞いたあのセリフ。
「まだまだだね」
久しぶりすぎて昔に戻った感覚に陥る。だけど今私はもうあの頃のような学生ではなく社会人。目の前にいる彼はプロテニスプレーヤーだ。そこのところをよーく自覚しないと一瞬で溺れてしまう。今溺れてしまったらきっとそのまま沈んでしまう。
「名無しさんに連絡しなかったのは悪かったと思ってる」
…やめて。分からないけど多分これは聞いてはいけない話だ。このままゆっくりと後退りをしてこのお店から出た方がいいと私の直感が言っている。だけど身体が動かない。
「でも中途半端なことはしたくなかったから」
逃げろ、逃げるんだ。今からならまだ間に合う。目を閉じて耳を塞いでダッシュしろ、私の身体。ほら、話を聞くんじゃない。身体が動かない。それは私の心が止めているの?
「結婚しようよ」
一文字一文字をはっきりと大切に言ったようにも聞こえた。それを私の頭の中で何度も反芻する。やっぱり聞いてはいけない話だったと思う他ない。
それからしばらく流れた沈黙。先に破ったのは彼の方。聞いてた?と言われてコクリと頷く。ちゃんと聞いた、今は無視したくて無視しているわけじゃない。答えるよ、ちゃんと。
「…ごめんなさい」
苦しい。息ができない。世界に溺れる。
(溺れたら沈んでしまう)
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