クロスロード
□戻れないと、知りながら
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「お疲れ様でしたー!」
夕日が沈み掛けた頃、部活が終わる。テニスコートの整備や片付けは後輩たちの仕事。レギュラー陣は部室で着替え始める。いつもは騒がしいのに、今日は赤也が遠足でいないからかなり静か。
今日だ。久しぶりに名無しさんと帰る。今日は赤也じゃなくて俺を教室で待っている。あー、ちょっと前まではこれが当たり前だったんだよな。
「とっとと行くナリ」
「うるせぇな。分かってんだよ」
こっちにも心の準備ってものがあるんだよ。いや、何をするってことじゃないんだけど。いつまでもこうしていられねぇし、よし行くか。
「じゃあ先帰るぜ」
「頑張りんしゃい」
「…ん」
階段を上がる度に鼓動が早くなる。試合なんかよりよっぽどこっちの方が緊張。足も手も微かに震えて何だか笑える。あ、教室に着いちまった。普通でいけ、俺。
「お待たせ…ってあれ」
覚悟して教室に入ったのに、肝心の名無しさんはバッグを枕にして机に伏せて眠っていた。
久しぶりに見たかも、名無しさんの寝顔。睫毛長ぇな。テニス部のファンらしき奴のがっつりメイクより何倍も可愛い。今、赤也はいないのにあいつが羨ましくなった。
「おい、名無しさん。起きろぃ。帰るぜ」
『ん…赤也、くん?』
イラっとした。何だよ、今お前の目の前にいるのは俺なのに。何でこうなっちゃったのかなー。想っているのは俺の方が長いのに。恋愛は時間じゃないって誰かが言ってたっけ。
『あ、ブン太か。ごめんね』
お疲れ様、と名無しさんがフワリと笑った。そんな顔されたら怒る気にもならない。むしろ見れてラッキーみたいな。何かすごく情けない。
「帰るぜ」
『うん、帰ろ』
そうだ、今日だけ少し前に戻っただけだ。何もビビることなんてない。馬鹿みたい緊張する理由もない。
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