クロスロード
□触れるだけの、ぎこちないキス
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名無しさんは赤也と何話したんだろう。どんな結果でもいいから今すぐ会いたい。そう考え出したらいてもたってもいられなくなって、気がついたら家を飛び出して夜道を走って名無しさんの家に向かっていた。
名無しさんの家に着いたとき、迷わずチャイムを鳴らした。出てきたのは名無しさんの母ちゃん。
「あ、久しぶりね。最近名無しさんと一緒に帰ってないみたいだから」
「あいつに彼氏が出来たんで」
「あらー、ずっと好きなのに取られちゃったのね」
…何で知ってんだ。何となく名無しさんの母ちゃんは幸村くんに近い気がする。浦がありそうな笑顔とか鋭いところとか。娘の名無しさんはあんなに鈍感なのにな。
「で、告白しに来たんでしょ?名無しさんは自分の部屋にいるから上がったら?」
だから何で知ってんだって。もうこの人怖い。きっと一生敵わない。まあ、立ち向かう勇気もないけど。
「一応言っとくけど変なことはしないでよね」
家に上がったとき、後ろからそう言われた。え、と後ろを振り向くと名無しさんの母ちゃんのオーラがどす黒かったから慌ててコクコクと頷いた。
ゆっくり階段を上がって名無しさんの部屋の前に立つ。どうやら若干緊張しているらしい。スーッと息を吸ってから部屋の扉をノック。
「はーい…え、」
扉を開けた名無しさんは当たり前だけど驚いた顔。よ、と片手を上げてみた。少しだけ声が裏返ったのは気にすんな。
『どうしたの?』
とりあえず入って、と中に招き入れてくれた。うわ、部屋中名無しさんの匂い。何かやべぇ。しかし名無しさんの母ちゃんに言われた言葉を思い出して頭を振った。
『で、本当にどうしたの?』
「いや、何となく…」
この期に及んで何となくって。俺の口はどんな言葉を発してんだ。ちゃんと言えっつーの。
「赤也とはどうなったかなーって」
意外とサラリと聞いたつもり。名無しさんにバカ、と言われるまでは。よく見ると名無しさんが涙目。
「何で泣いてんだよ」
『もう少し経ってから言おうと思ったのに…っ』
何を?と聞けばもう一度バカ、と言われた。いきなり泣き出すし、バカって言われるし、本当に意味が分からない。
『だから、赤也くんと別れたの!』
何だ、こいつ。泣きながらキレてる。その反対に今の俺は絶対に気持ち悪いくらいにやけているだろう。本当に性格悪いな、俺。
「ちょっとブン太!」
自分のにやけ顏を見られたくないのと泣いている名無しさんが可愛すぎて、ぐいっと自分の腕の中に閉じ込めた。予想通り暴れられたけど気にしない。
『好きだ、名無しさん。本当に好きだ』
何度も何度も愛を囁く。いくら言っても足りない。
『…私もブン太のこと、好きになっちゃったみたい』
「みたい、じゃねぇだろぃ?」
『うん、好き』
名無しさんに初めて好きだと言われた。回数的には俺の方が遥かに言ってきたけど、そんなのが吹っ飛ぶくらいの一言。ずっとこれが聞きたかったんだから。もう一度聞きたいところだけど今はキスがしたい。恋人同士になってから始めてのキスを。
「キスしたい」
『な、何で聞くの』
そういや何でだろうな。聞いたことなんてなかったのに。そうか、分かった、きっとあれだ。
「いいって言ってほしいから」
理由は単純。今までほぼ無理やりしてきたから、いいと言ってもらえる価値は高い。うん、俺って天才的だろぃ?
『…いいよ、キスして』
あー、心臓掴まれた。名無しさんと何度めかのキスなのにすげぇドキドキしてる。これが伝わらないといいなと思いながら、俺は名無しさんの頬に手を添えて唇を重ねた。
触れるだけの、ぎこちないキス
(あれ、これって変なことじゃねぇよな)
-continue-
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