蒼焔群情-soul's crossing-〔本編〕

□Monster & Truth 【後編】
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 典韋は、はっと我に返ると決まりが悪そうに笑みを浮かべた。

「悪ぃ、ちっと語っちまったな」

「…いいえ、素敵ですね。曹操様も、典韋様も」

 純粋にそう思うのだ。
 典韋が話す曹操と言う人間も、曹操の気持ちに心から応えようとする典韋自身にも。
 昔の典韋を知る訳ではないが、今目の前にいるこの男はただただ眩しかった。

「ばっ…馬鹿野郎!殿を儂なんかと並べるな!」

 典韋が大仰に身を乗り出すと、晟瑶はにこにこと笑みを浮かべながらひょいと後ろへ下がる。

「典韋様のお話が聞けて良かったです。ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる。
 過去はどうあれ、ここにいる典韋は気さくで照れ屋で、そして心優しい人。数刻前の自分からは想像出来ない程に、晟瑶は気を許しつつあった。
 その心の変化を感じ取ったのか、典韋も釣られたように笑みを浮かべる。

「その…何だ。儂は別に何も気にしちゃいねぇからよ。…これから、よろしくな。お前ももうここの一員だろ」

 豪快に差し出される大きな右手。そこにある屈託の無い笑顔は、まるで少年のようだった。
「こちらこそ、よろしくお願いします。典韋様」

 言いながらその手を取ろうとすると、すぐに大きな手は引っ込められた。
 晟瑶は、訳が分からず宙で手を止めたまま典韋を見上げる。

「あの…?」

「その"様"ってのはやめろ。なんかこう…背中がムズムズすんだよなぁ」

 典韋は、困った表情で肩を上下させたり、首を傾げたりして見せる。
 今度は、晟瑶が困惑の表情を浮かべた。年長者を安易に呼び捨てにするなど出来ない。
 しかし、困惑の表情はすぐに消えた。

「じゃあ、典韋"さん"ですね。よろしくお願いします」

 有無を言わせず、宙で止めていた手を伸ばす。
 まぁいいかと言いたげな典韋は、すぐにその手を握り返してくれた。
 そこへ、城の外から数人の兵士がやって来た。

「あっ、典韋殿!」

 若い兵士が四人掛かりで運んできたそれは、白い布に包まれた大きな荷。見るからに重そうなそれを典韋の前に下ろし、兵士達はそれぞれ大きく息を吐く。

「先日破損した"噛砕鉄"、修理が完了致しました」

「おお、そうか。御苦労だったな」

 典韋は兵士達を労うと、床に置かれたその荷を包みごと軽々と持ち上げる。
 晟瑶は目を見張ったまま、それを覗き込んだ。

「噛砕鉄…って何ですか?」

 典韋は「これはな」と片手で包みを開け始める。

「こいつは儂の武器だ。この前、棘の先を欠けさしちまってよ」

 武器と聞いて思い出せるのは、先刻の夏侯淵との手合わせの時に目にした鉄球。青銅色のそれは、棘が欠けてなどいなかったはずだが。
 晟瑶が小さく首を傾げた時、包みの下から鈍い黄金色が覗いた。
 それを見た晟瑶は、反射的に一歩二歩と後退る。
 鉄球とは形容し難いそれは、鈍く黄金色に輝く恐ろしい悪鬼の顔を模していた。目は吊り上がり、耳まで裂けた口には鋭い牙が並んでいて、鬣の如き鉄の棘はより太く本数も多い。
 この悪鬼の顔が自分へと迫り来る様を想像したら、鉄球が体に当たる前に気を失ってしまうのではないかと思えた。そう考えるだけで目眩がする。

「あ、悪鬼の顔を武器にするとは…敵も驚いて逃げてしまいますね…」
 自分も然りと心の内で呟くと、笑顔が引き攣ってしまうのが分かった。
 典韋は顔を顰める。

「ああ?悪鬼?んな訳あるか!これは獅子だ」

「獅子?」

 確かに、そう言われてみれば鉄の棘が鬣の形をしている意味も分かる。しかし、今の晟瑶にはこの武器に対する驚怖しか無い。

「ほら、よーく見てみろ。悪鬼みてぇな邪悪なツラしてねぇだろ」

 ずいっと目の前にその鉄球を差し出され、晟瑶はびくっと後ろへ飛び退いた。
 見た目が恐ろしいというのもあるが、この棘が人の頭或いは体を突き刺し、直後に鉄の重みが人体を潰裂させるであろう事実に恐怖した。
 この場合、豊か過ぎる想像力を呪うべきなのだろうが、今はその考えに辿り着ける程の余裕が無い。

 典韋は怪訝な表情を浮かべたが、すぐに晟瑶の心境を察したようで慌てて鉄球を布でくるむ。

「わっ、悪ぃ!驚かせちまったなっ。泣くなよっ!?」

 噛砕鉄を背に隠し、晟瑶の様子を窺う。
 晟瑶は、はっと我に返る。

「い、いいえ、大丈夫です。ちょっと怖…じゃなくて、ちょっとびっくりしてしまって…」
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