蒼焔群情-soul's crossing-〔本編〕

□prologue of Shen-yao side. 【中編】
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 顔を上げると、悼みを伴わせて微笑んだ関羽と目が合った。その笑みは、やはりどこかが楊恪と重なって見える。
 そう思ったら、悼みや喪失感や懐旧や、様々な感情が涙と共に込み上げてきた。
 ぐっと涙を堪えたところを、関羽に見咎められる。

「…泣いても泣いても泣き足りぬ時もある。我慢をすれば苦しみが増すだけだ。幸いこの宿には拙者ら一行しかおらぬ故、今は落ち着くまで泣かれるが良い」

 優しい言葉は、弱った心の堰を易々と崩す。

「うっ…うぅ………」

 声は悲しみの涙に震え、胸の奥の塞がらない傷は未だに鋭く痛む。
 咽ぶ晟瑶を見守りながら、関羽はその細い肩に手を載せる。

「晟瑶殿。子が親を想う以上に、親は子を想うもの。栄養不足故の貧血と聞いたが…かように痩せては御父上も心配しておろう」

 晟瑶は関平に差し出された手巾で涙を拭い、俯いたまま息を吐いた。
 その肩から手を退け、関羽は続ける。

「今は、親族のもとへ身を寄せておられるのか?」

 晟瑶は、少しだけ顔を上げて頷く。
 もしやと言いたげな顔をした関平が身を乗り出す。
「…もしかして、その人達に食事を貰えてないのか!?」

 今度は慌てて首を振る。
 これまで屋敷の者に食事を与えられなかった事など一度も無い。しかし、晟瑶がそれを拒んだのだ。
 晟瑶は、目尻に残った涙を拭う。

「…死にたいんです……」

 押し出すようにして紡がれた言葉に、関羽も関平も言葉を失う。
 俯く晟瑶に二人の表情は見えないが、「何故」と小さく呟いた関平の声が聞こえた気がした。

「父は私を庇って死にました。…本当に死ぬべきは…きっと私だったのに。それなのに、何故生き延びてしまったのか、分からなくて…。私の存在を望んでくれる人がいなくなった今、生きる希望など…。天命は…私の死を望んでいます…」

 膝の上で、ぎゅっと両手を握る。

「晟瑶殿」

 これまでより幾分語気を強めた関羽の声に、晟瑶は思わず顔を上げる。
 見上げた関羽の表情に、それまでの穏やかな笑みは無かった。
「…晟瑶殿、御父上がどのような思いでこの世を去ったか、考えた事はござらぬか。…親である拙者には分かる。御父上は、最期の最期まで晟瑶殿の事を想っていた。娘に生きてほしいと願った」

 夏侯惇に突き放されたあの晩を思い出す。あの時の夏侯惇が同じ事を言っていた。

「親は自らが死ぬまで、そして死んだ後も、いつまでもいつまでも我が子を案じ我が子の幸福を願うもの。…残された子は、親の願いを叶えねばならぬ。親が願う以上に幸せにならねばならぬ。たとえ…今が辛くとも」

 関羽の声は怒りを含んでいるようで、しかしとても優しい。
 晟瑶の目に再び涙が滲む。
 それに気付いた関羽は、大きな手で晟瑶の頭を撫でた。いつの間にか、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「天命は死など望まぬ。生きる事の出来る命を自ら絶とうとするは、人の意志。…少なくとも、そなたの死を望む者などおらぬ。自らの存在を望む者がいないと言うなら、これから作れば良いのだ。そなたは美しく、まだ若い」

 いつの間にか、晟瑶は関羽の胸で泣いていた。今度は人目も憚らず、声を上げて。
 これまで、逝ってしまった父の気持ちなど考えもしなかった。もしも自分が楊恪の立場だったら、やはり残された父の幸いだけを願うに違い無い。それなのに、父が死のうとしていたら悲しくて仕方が無い。後など追ってほしくはない。
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