蒼焔群情-soul's crossing-〔本編〕

□Monster & Truth 【前編】
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「うわぁ、可愛い…」

 関羽達と別れた日から数日後の朝、晟瑶は自室の姿見の前にいた。

「本当に良くお似合いですわねぇ!まるで皇女様かお人形さんのようですわねぇ」

 傍らでは、四媛が瞳を輝かせながらぐるぐると晟瑶の周りを回り、嬉しそうにその姿を眺めている。
 今朝、夏侯惇から曹操より預かってきたという大きな箱を渡された。中に入っていたのは、晟瑶のために誂えられた美しい衣装だった。
 全体的に青と白が基調のそれは、肩や背中が大きく開き胸元には金糸で蝶の刺繍があしらわれている。華やかな上着の裾はふんわりと広がり丈長だが、チュチュのようなスカートは短く、すらりとした白い太腿が覗いている。
 鏡の前で角度を変えて眺める度、腰の大きなリボンがひらひらと揺れた。
 本当に皇女か或いは公主が纏うような上質な衣装に、晟瑶の表情が思わず綻ぶ。

「晟瑶」

 ふと、扉を叩く音と共に家主の声が響いた。

「支度は出来たのか?」

 晟瑶が着替え中だと知っている夏侯惇は、扉を開けずに問う。
「お館様、早くご覧になって下さいませ!とても可愛らしいですわよ」

「え!?ちょちょちょっと待って下さい!」

 まだ心の準備が出来ていないというのに、四媛が返事をしてしまう。

 慌てて止めたものの、「入るぞ」という言葉と共に既に扉が半分程開いていた。
 部屋に入るなり、夏侯惇は真新しい衣装を纏った晟瑶に見入った。
 着飾った姿を改めて人に見せる事が気恥ずかしく、晟瑶はその視線を受け止めたままもじもじと手を組んでは動かしている。

「これは…見事だな」

 顎に手を当てて呟いた夏侯惇の表情には、穏やかな笑みが浮かんでいる。そのまま、四媛同様に晟瑶の周りをぐるりと回ってその姿を眺めた。

「お館様、いくら何でも不躾でございますよ。身内とは言え、相手は女性なのですから」

 口ではそうたしなめつつも、四媛はその光景に思わず吹き出す。
 夏侯惇は、はっと動きを止め、

「す、すまん。つい…な」

 決まりが悪そうに小さく咳払いをする。

「でも…」

 晟瑶はもう一度鏡に自身を映し、振り返って夏侯惇と四媛の顔を交互に見た。
「ここまで肌を出した服を着たのは初めてなのですが…都ではこれくらいが普通なんですか?」

 似合うと褒められるのは嬉しいが、どうにも肌の露出が多い気がして落ち着かない。
 夏侯惇は、困ったような表情で頭を掻いた。

「普通…という訳ではないが、まぁ、孟徳の好みだな」

 語尾に溜め息が混じる。
 曹操という男は、奸雄と称される反面極度の好色家である。そのためか、女性の衣装は露出度の高いものを好むのだ。

「あぁ…成程」

 そう納得してしまったのは、楊恪から曹操の人と為りを聞いていたから。
 晟瑶と四媛は苦笑を浮かべる。

「肌の露出は高くとも、厭らしくは見えない辺りに曹操様の品位が見えますわね。ただ、寒くないようにきちんと羽織って行かれませ」

「はい。…あっ、これ、家令さん達にも見せてきますっ。小父様、ちょっと待ってて下さいね」

 そう言うと、晟瑶はぴょんぴょんと跳ねるように部屋を出ていった。
 その輝きを取り戻した後ろ姿を、夏侯惇は目を細めて見送った。
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