。゚*.☆宝石小箱☆.*゚。

□ミスター・ローレンツは愛されたかった
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シュテルンビルトの街中を白夜は大荷物を抱えて家路を急ぐ。
今日に限って残業になってしまった。
人の間をかいくぐるが丁度ラッシュに重なってしまい、中々前に進まない。
そして街はジャスティスデーに向けてお祭りムードが日に日に盛り上がって来ている。
お陰でサービス業は大忙しだ。

「あ〜、もう!なんでこんな日に限ってあの子も休むのかなぁ!」

いけないとは重いつつもついつい口に出てしまうのは、部下への不満。
気付けば社会人暦が随分と長くなって来て、それに合わせて役職もついて来る。
さっさと主婦へと方向転換した友人達には出世だとかキャリアウーマンだとか言われるけれど。
自分の気持ちはきっと途中で置いてきぼりになったままだから、感じるのは正直孤独が多い。
上に立つ人間は嫌われるものだと言うけれど、そこまでの覚悟もなく気付いたらこの場所に立っていた人間はどうしたら良いのだろう。

「――はぁぁ。」

さっきまで行き勇んで鳴っていたヒールの音が心なしかゆっくりになって行く。
カツン――、カツン――。

「――っきゃ?!」

下を向いていたせいで人並みに乗れず思い切りヒールを引っ掛けてしまった。

「――最低。」


おニューの靴を降ろしたばかりだったのに、ヒールが折れてしまった。
こけはしなかったものの、大量に買った紙袋からはトマトやパプリカ達が零れて行く。

「ちょっとすみません!あ、踏まないで!」

このラッシュの時間帯に立ち止まっている人間を邪魔そうに見る人達はいれど、助けてくれる人間はいない。
その現実に白夜は段々空しさと哀しさが込み上げて来る。

「――あぁ、もう。」

泣いてなんかやるもんかとそう思った。
とにかく急いでここを離れたいと思ってトマトに手を伸ばした瞬間、先にそれを拾い上げられてしまった。

「え?」
「白夜ちゃん?!こんなとこでどうしたんだよ?」
「――虎徹、さん?」

白夜は目の前に立っている虎徹の姿に目を丸くする。
虎徹は呆けている白夜を尻目に人の間を器用にかいくぐって落ちたものを拾ってやる。

「ほい、これで全部か?随分と大荷物だな?」
「――あ、すいません。有難うございます。」
「謝んなくてい〜けどよ。随分遅くね〜か?」
「ちょっと残業になっちゃいまして――。」

アハハと笑う白夜の頭を、虎徹は優しく撫でた。

「――お疲れさん。」

「そう言えば。虎徹さんは?どうしてここに?バーナビーはどうしたんです?」

彼の相棒であるバーナビー・ブルックスJrは白夜の恋人だった。

「ん〜?――バニーから聞いてねぇの?」
「バーナビーから、ですか?」

歯切れの悪そうな虎徹の様子に、白夜は首を傾げる。
その時、丁度街中のスクリーンにHERO TVが始まる。

『ボンジュール!ヒーロー!今日は遂に戻って来たヒーローが参戦よ!』

スクリーンに映ったのは、バーナビーとゴールデンライアンの新コンビだった。

「え?どう言うこと?!バーナビーが1部リーグ復帰するって話は聞いてたけど――、ワイルドタイガーじゃないの?!」

呆然とする白夜に虎徹はバツが悪そうに言う。

「――ま、俺も年だしな。良かったんだよ、これで。」
「でも――!バーナビーは虎徹さんじゃないと――!」

思わず声を荒げた白夜に虎徹は首を振る。

「良いんだよ、これで。俺はバニーの足を引っ張る気はねぇし。――アイツがあんなに給料に固執するのも白夜ちゃんを養ってやりたいからじゃねぇの?」
「――え?」

虎徹の言葉に、白夜は目を丸くする。


「バーナビーがそんな事言ったの?」
「――俺の勝手な憶測だけどな。アイツ、1部の方がギャラが良いから戻りたいって言ってたんだよ。」
「あ、それは――!」

白夜は思わず真実を話してしまいそうになるが、寸でのところで口を紡ぐ。
こう言う事は本人が言うべきだと思ったからだ。

「――?それより早く帰ってやれよ。それパーティでもするんだろ?」

その言葉に、白夜は我に返る。

「なんで、それを?」
「バニーちゃんが今日一日ソワソワしてたんだよ。付き合って1年だってな。」
「――そうですか。」

さっきまで曇りどころか雷雨だった自分の心が晴れて行くのを感じる。
単純だと我ながら思うが、さっきとは打って変わって踵を鳴らしながら帰れる気がした。

「有難うございます、虎徹さん!」
「ん?いいってことよ。あ、送ってやろうか?オジサンは今タクシーの運転手だからよ。」

ニィッと笑った虎徹に白夜はフルフルと首を振る。

「ううん。大丈夫。地下鉄で帰るわ。――虎徹さん。バーナビーのこと、信じてあげてください。あの人は――、虎徹さんがいないと自分らしくいられないんです。」
 
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