。゚*.☆宝石小箱☆.*゚。

□愛することによって失うものは何もない。しかし、愛することを怖がっていたら、何も得られない。
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――夏が逝く。
そしてやがて季節は秋を連れて来る。
夜風が気持ち良くなって来た頃、北条氏康は夜の散歩を日課にしていた。


「はっ!随分風流な風が吹きやがる。」


咥えた煙管からゆらゆらと紫煙が立ち上る。
大きく息を吸い込めば、肺の中に煙が染み込んで行く。
座れる場所を探して歩けば、やがて先の方から女のすすり泣く声が聞こえて来た。


「――幽霊?には、ちと季節外れじゃないか?」


ブルリと身を引き締めながらも、氏康は声の元へと向かった。


「――なんでぇ。白夜じゃねぇか。」

「お、やかたさま?」


そこにいたのは女中の白夜だった。
黒い目を真っ赤に腫らして泣いている白夜に氏康はどうしたものかと思う。


「こんな夜更けにどうした?誰に泣かされたんだ?」

「ち、違います…。ごめんなさい…!何でもないんです!」

「何でもねぇこたァねぇだろう。目がウサギみてぇに真っ赤だぞ。」

「――うぅ。」


無理やり自分の方を向かせれば、白夜は再び泣き出した。


「――あ〜。甲斐に見付かったら何を言われるか分かったモンじゃねぇな。」


がしがしと頭を掻きながら、この場にはいない甲斐姫を思う。
そんな氏康に白夜は涙を拭いながら言う。
 

「みっともないところをお見せして申し訳有りません。ですが大丈夫ですので…。どうぞお行き下さいな。」

「大丈夫ならもうちっとマシなツラしてから言うんだな。――俺ァ運が良い事に今暇なんだ。何があったか言ってみろ。」

「――ですから!」


言える訳が無かった。
だって――、私の悩みの張本人は今目の前にいるのだから。


「放って置いて下さい。」


それは白夜の精一杯の言葉だった。
けれども氏康はそれが気に食わなかったらしく、白夜の腕を強引に引っ張る。


「痛――!お館様?!」

「放って置けるならハナから声なんか掛けるか、バァカ。」

「――お願いですから、離して下さい…!」


これ以上、私に無理をさせないで――。
そう願った瞬間、白夜は氏康に抱き締められていた。






愛することによって失うものは何もない。しかし、愛することを怖がっていたら、何も得られない。
by B.d.アンジェリス






 
「お、やかた――、さま?」


意味が分からなかった。
白夜は自分が何故氏康の腕の中にいるのか、皆目見当が付かなかった。


「――好きな女が泣いてても心配しちゃいけねぇのか。」

「――は?」

「だから。好きな女が泣いてんのに、心配すらしちゃいけねぇのかって聞いてんだ。」

「ちょ、ちょっと待って下さい。好きな女って誰のこと――?!」


理解が出来ない白夜に、氏康は盛大にため息を吐く。


「ド阿呆か、テメェは。今の会話でお前以外の誰が出て来た?」

「え、えぇぇぇぇ?!」

「――まさか気付いて無かったのか?」

「――はい。」


その台詞に氏康は煙管を取り出して、大きく煙を吐いた。


「成程な。読めたぜ。お前が泣いてる理由。」

「う――。」


心底呆れたような視線を向けられ、白夜はいたたまれなくなる。


「どうせ俺に遊ばれたとでも思ってたんだろうが?」

「――その通り、です。」

「お前がどう言う目で俺を見ていたのか良く分かったぜ。」

「も、申し訳ございません!!」


全く以ってその通りだったのだ。
 
白夜は過去に何度か氏康と関係を持った事がある。
けれども閨の中で以外、愛を囁かれたこともなく。
正室もいる彼は側室を取るのも面倒だから手っ取り早く自分を相手に選んだのだと白夜は思っていたのだ。


「――お館様。」


申し訳ないやら情けないやらで、白夜は再び泣きそうになる。
その様子に氏康はガシガシと頭を掻いた。


「――あ〜、俺も悪かったんだな。この年になると愛してるだの言うのが照れ臭くてな。」

「いえ…!私が悪いのです。――お館様の事を…。」

「無理すんな。――白夜。愛してるぜ。」

「――はい。」


ずっと聞きたかった言葉に、白夜は笑いながらも涙を零す。
それを見た氏康は再び白夜を抱き寄せて笑う。


「で、なんでお前はまた泣くんだよ。」

「これは嬉し涙です!」

「――そうか。」


その腕の温もりと言葉がどれだけ私を勇気付けるかなんて、きっと貴方は一生知る事はないのだろう。






End.
 
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