真っ先に目に映ったのは、氷を思わせる薄い色した瞳だった。 ぼんやりとその色を見つめ、何があったんだっけと考える。 熟睡中だったのを無理矢理叩き起こされた気分だ。取り敢えず、ベッドの上にいるのではないことは、真上から絶えず落ちてくる雨と、背中に感じる気持ちの悪いぬめり感で判った。 「大丈夫か」 低い声に問われ、マシロは自分がどこにいるのか、どうなっていたのかを思い出した。 「――っ! す、すみません、大丈夫です!」 決してやまない雨のせいでぬかるみきった地面に手をつき、重い体を叱咤してマシロは立ち上がる。 途端、貧血に似た感覚に襲われて体がぐらり……と傾いだのを、抱き留めてくれたのは力強い腕。 「無理をするな」 彼女よりも頭半分以上も上背のある男が、耳許で案じる声を発する。 常に落ち着いた態度を崩さない彼であるが、仲間を思うその声は、温かな柔らかさを含んでいた。 17という、いわばお年頃真っ直中のマシロは、肩に廻された異性の腕と耳朶を擽った吐息に、頬を微かに赤く染め、慌てて彼から離れた。 「すみません。もう大丈夫です。まだ、やれます」 「――そうか。なら、移動しよう。いくらソーマでも、あれ相手に一人ではきついだろうからな」 弾かれたように離れた女の、そんな態度などまったく意に介した風もなく、彼は揺るがぬ冷静さで戦況を口にした。 抱き留めてくれたのは、ただ仲間を気遣っただけのことだと――下心など針の先程もなかったと、彼の動じない姿勢に窺えて、マシロは罪悪感を覚えた。 自分の取った態度が明らかに、彼に対して失礼だと思えたからだ。 別にマシロだとて、彼が彼女を女性として扱ったのじゃないことくらいは判っている。 例えば逆の立場だったとして、彼がリンクエイド直後に蹌踉めいたら、マシロも彼がしたのと同じように手を伸ばすだろう。 そこにあるのは仲間として、そして人としての感情だけ。男女間に芽生える甘ったるい気持ちも、ましてや下心など、入り込む隙も余地もありはしない。 ここは、命懸けの戦いを繰り広げる、戦場なのだ。 「すみません」 手にした神機を一振りして、刃に張り付いていた泥を払い落とし、マシロは彼に頭を下げた。 リンクエイドに来てくれたことへの感謝と、迷惑をかけたことへの陳謝、そして、妙な恥じらいで彼を一瞬とはいえ貶めたことへの謝罪――それら全ての意味を込めて。 「日本語の「すみません」は、意味がよく判らないな」 回復錠を口に含んで、マシロに分け与えてくれた分の体力を補いながら、彼が首を捻る。 「Thanksなのか、Sorryなのか、極東に来てそれなりに経つが、未だにどちらか判断に迷う」 「今は、両方の意味です」 「さてな、謝られる覚えも、繰り返し感謝される覚えもないが」 後輩の謝罪も感謝も実にあっさりと流した彼は、マシロが回復錠を飲み込むのを待ってから、ぬかるみを蹴立てて走り出した。 慌てて横に並んだマシロを、もう見ることもない。
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