短編
□大切な人には花を
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ふわりと目の前に花が出された。
俺は花を差し出しているその人、ミク姉が何をしたいのかわからなかった。
「その花どうしたの?ミク姉」
「もらったの」
えへへ、と笑いながら花を俺に手渡す。
ありがとうって言いながらミク姉を見ると嬉しそうに笑う。
これだからミク姉にはかなわない。
白いこの花の種類はわからないけれど、ミク姉からもらったというだけで暖かい気分になれる。
でも、ミク姉だからこそこんな気持ちになれて他の人からもらってもこんな風にはならない。
それだけミク姉に惚れてしまっている俺がいるのを改めて知り、小さく笑うとキョトンとした顔で俺をミク姉が見つめてくる。
「レンくん?」
「何でもないよ。…この花の種類って何?」
俺が問いかけると少し困ったように笑った。
そうかと思えば、キョロキョロと辺りを見回し始めて誰かを探しているような素振りをする。
そしてどこか諦めたようにため息をつくと小さな声でごめんね、と呟いた。
「私もわかんないや。さっきルカ姉さんからもらって…。だからまだそこら辺にいると思ったんだけど…」
「いいよ、別にそこまで気にならないから」
ミク姉に笑って見せると安心したように柔らかな笑みを返してくれた。
それにしてもどうしてルカさんは花なんかをミク姉に渡したんだろう。
ルカさんが園芸に近頃(なぜか)ハマったらしいという情報はリンから聞いていた。
恐らくそれで育てていたであろう花はルカさんが(多分)ミク姉の為に渡したのであって、俺が持っていていいのか、とも疑問に思う。
それにこういう花はミク姉は好きなはずだし、俺に渡した理由がわからない。
じっと手のなかにある花を見ているとミク姉から肩を叩かれる。
「やっぱりルカ姉さん探して聞いてみる?」
「ん、いや、そうじゃなくて…。なんでルカさんはミク姉にこの花を渡したのかなって思って」
「あ、それはね」
少し恥じらうように笑うとミク姉は俺の耳元に手を添え、小さな子供がナイショ話をしているみたいに声を潜めた。
『大切な人に渡す為だよ』
そう言うと花を持っている俺の手を両手で優しく包んでにこりと微笑んだ。
…この雰囲気はすごくいいと思う。
いや、思うんじゃなくていいんだけど…。
イマイチ、というより質問の答えになってないように思ってしまうのは気のせい…ではないはずだ。
ていうか、“大切な人に渡す為”ってつまり…そういうことなのか!?
ルカさんにとってミク姉が“大切な人”なのか!?
少し(頭のなかで)パニックを起こしているとミク姉が俺の手を離した。
「ルカ姉さんがね“ミクちゃんに大切な人はいる?”って聞いてきたから“いるよ”って答えたの。そしたらこの花をくれたんだよ」
「そ、そう…」
かすれた声と共に安堵の息を吐く。
今の話からどうやらルカさんはミク姉にそういう気は持ってないらしい。
ってなんで俺はルカさんを敵視してんだよ。
大体、あのナスビ(がくぽ)に惚れてるのはわかってるのに。
どんだけ俺は嫉妬深いんだよ。
頭を抱え込もうとしたときまたミク姉に手を掴まれる。
どうしたのかと思い顔を見るとほんのりと頬が紅く染まっているのに気づく。
「…でね、“花は大切な人に渡すものなの。だからミクちゃんの大切な人にこれを”って」
そのあとに何かを言おうと口をもごもごと動かしているミク姉を待つ。
それに可愛いし、飽きない。
はたから見ればただの変態なのかもしれないケド。
仕方ない、好きなんだから。
「その…えぇっと…つ、つまりは…レンくんに渡したかった、の」
頑張って言いきった!!って顔は今のミク姉みたいな感じなんだろうな。
それに顔、真っ赤。
「じゃあ、俺もルカさんにもらって来なきゃだね」
「え…?」
「だって大切な人に渡すんでしょ?なら今度は俺がミク姉に渡さなきゃだよ」
そう言うと今でも顔が赤いのに更に赤くなっていく。
ホントに可愛い。
もう抱き締めたいほどに。
そう思っているとぽすっとミク姉が俺に抱きついてきた。
「レンくん、それ、反則」
あぁ、もう、そっちの方が反則だよ。
ミク姉の背中に腕を回して引き寄せると俺に回されていた腕に少し力が入るのを感じてにやけてしまう。
ミク姉はどんな顔しているのかと思って顔をのぞこうとすると「顔、真っ赤だからダメ」って言って頭を俺に押しつけてくる。
ヤバい、死んじゃいそうなくらい嬉しいんだけど。
顔に集まる熱を感じながらぼんやりとミク姉がくれた花を見つめる。
ふわりと甘い香りがした。
「レンくん…」
「ん?」
「あったかいね」
「うん」
やっと見せてくれたミク姉の顔は何よりも綺麗な優しい笑顔だった。
今度はホントにミク姉に花束を渡そう。
花束なんて俺には似合わないし、キザったらしくてなるかもしれないけど。
それでもこの笑顔の為なら。
再び強く抱き締めると楽しそうに笑うミク姉の声が聞こえた。