短編
□表
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朝、目覚めると貴方が必ず微笑んでくれる。
「おはようございます、ミク様」
「おはよう、レン」
柔らかな笑みをした後、すぐに仕事をテキパキと始める。
物心ついた時からずっと彼は私の側にいた。
最初は仕事の忙しい父様や母様の変わりに私の遊び相手としてこの屋敷に彼は来た。
それから私が15歳になった頃に専属の執事になった。
遊び相手から突然執事になって戸惑っていたみたいだけれど、今では執事としてとても頼れる存在になっている。
そして、私はそんな彼にいつしか恋心を抱いてしまっていた。
彼に私はどう写っているのかはわからない。
彼を専属の執事にしたい、と言い出した大きな理由はこの恋心からだ。
単なる独占欲なのは十分理解してるつもり。
けれど、どうしても手離したくない。
権力を持つことは恐ろしいものかもしれないと最近思う。
「ミク様?」
「ぁ、ごめんなさい。どうしたの?」
「いえ、何もなければいいんです」
いけない。
ぼーっとしてた。
彼は再び私に背を向け仕事を再開する。
どうも近頃、彼のことばかり気にして色々なことが手につかなくなってきている。
これじゃ、いつまでたっても“お嬢様”のままだわ。
でも……もし、彼に“奥様”なんて言われるようなことになったら死にたいと思うほどに乱れてしまう。
「いつまでも時間が止まってればいいのに」
ポツリと彼の背中に向かって呟くと今度は驚いた顔をした彼が慌てて振り向いた。
「いきなり、どうしたんですか!?」
「なんとなく、よ」
「嫌なことでもあったのですか!?」
「違うわよ。本当に“なんとなく”だから」
「しかし、ミク様に何かあれば……」
「大丈夫よ。……ねぇ、昔みたいに話さない?貴方が私の“友達”だった時みたいに」
そう言って、彼を見るとひどく傷ついた表情をしていた。
「…………申し訳ありませんが、それは、できません」
「どうして?」
「それは…………」
私から顔を背け俯いてしまった。
そんな彼の顔を(無理やり)のぞき込むとどこか不安そうな瞳がそこにあった。
「レン………?」
「怖い、から」
「怖い?」
ゆっくりと私の顔色を窺うように頷いた。
「俺が、単なるミク様の従者であることを忘れて、ミク様を傷つけてしまいそうで、自分を見失ってしまうのが怖いんです」
「………………」
「ミク様をこの手で、壊してしまいそうで怖い。けれど………」
再び黙り込んでしまった彼に私は何をしてあげられるのだろう。
彼は、不安なんだ。
自分を責めてしまうほどに。
私は、彼のことを愛しく思っている。
私が彼を独占してしまいたいほどに。
私はいつも彼に与えてもらってばかりだ。
なら、せめて今は…………
「ミ、ミク様っ!?」
私は彼を抱きしめた。
彼の不安をこんなことで取り除けるなんて思わない。
けれど少しでも、その不安が、恐怖が、痛みが、和らぐのなら………それだけでいい。
それだけが私の幸福であり、癒しになるのだから……………。
「どうして………」
彼の驚きの声が部屋に響く。
このまま何も言わないのがきっと楽で、この関係を壊さずにすむ。
けれど、今、伝えてしまわなければ後悔するんだろう。
だから……………
「貴方が大切だからよ。何よりも、誰よりも」
「ぇ……………!?」
「私は、ずっと貴方の側にいたい。貴方にこんなことを押しつけるのは迷惑になるのは十分わかってる。でもね、気持ちだけは伝えさせてほしいの……………。私は、貴方が好き。ズルい言い方して、ごめんなさい」
「ミ……ク…………様」
ゆっくりと彼は私から体を離すとまっすぐ私を見つめた。
「俺は、側にいてもいいんですか?」
「……………え?」
今度は私が驚く番だった。