小説置場U
□これは会長命令ではありません
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「‥‥」
「‥‥‥‥」
重苦しい無言がこの生徒会室執行部の教室に、一体どれぐらいの間流れているのだろう。
椿は俯けた顔を上げることもできずに、膝の上に置いた拳に爪が掌に食い込むほど力を込めた。
丹生の机と向かい合って置かれた椿の席の中間の前には、全員を見渡せるように生徒会長の机が置かれている。
普段そこで眠ってばかりいる生徒会長は、珍しく起きていた。
しかし、仕事をしているわけではない。
安形は回転式の椅子の背を完全に椿に向け、肘置きに頬杖をついて外を眺めている。
生徒会執行部の部屋にたった二人きり、たがいに無言が続く。
「(ど、どうしよう‥‥)」
椿の頬を流れる冷や汗は、最早尋常ではない。
事は一時間ほど前、スケット団にコーラス部の全国大会出場の垂れ幕作成を依頼しに行ったときだ。
そのとき起こった椿と藤崎のいざこざの所為で、安形が校長に怒られる羽目になったのだ。
榛葉と浅雛、丹生は自分を見捨ててさっさと帰ってしまい、この教室で安形の帰りを一人で待つことおよそ30分。
疲れ切った顔で戻ってきた安形は、椿の謝罪に一言も返さず、かといって帰るわけでもなく自分の特等席に座ってお互い無言がかれこそ30分。
いくら自分が悪いとはいえ、そろそろこの無言に耐え切れなくなってきた。
「あ、あの、会長‥‥!」
「なあ、椿」
もう許してもらえるまで何度も頭を下げようと立ち上がった瞬間、
外を眺めたまま、安形がぽつりと椿を呼んだ。
「へ‥‥?‥‥あっ、はいッ!」
急に呼ばれたことに驚いて一瞬ぽかんとしたが、はっと我に返る。
安形はやはり、窓の外を眺めていて椿を見ようとしない。
相当機嫌が悪い様子に、椿は泣きそうになった。
「お前に、頼みがあるんだわ」
「は、はい!ボクにできるのなら何でも‥‥ッ」
そこで、はっとした。
安形は先程の件で、相当ご立腹。
頼みとは、もしや副会長クビでは、と思った。
いいや、それだけでは終わらないかもしれない。
安形と椿は恋人関係だ。
なら、もしかしたら、
椿の顔が、サァッと蒼褪めていった。
さすがにそこまでは突飛過ぎる話である。
第一、安形が校長の説教など真剣に聞くはずがないことを一番理解しているのは、何より椿だ。
しかし今の椿に、そこまでの思考能力はなかった。
「おほっ!マジか。じゃあちょっとこっち来い」
安形は満面の笑顔でくるっと椅子を回転させて、やっと椿に振り返った。
何故か顔面真っ青で泣きそうな顔をしている恋人に、首を傾げはしたが。
「どうした?顔真っ青だぞ?」
「い、いえ‥‥何も‥‥」
椿は小刻みに震えながら、かちんこちんの不格好な歩き方で安形に歩み寄る。
「椿、お前右手と右足同時‥‥まァいいや」
安形は椿を自分の隣に立たせて、身体を前かがみにしながら腕を机の脇に伸ばした。
そして椿に、白い紙袋を差し出す。
「ちょっとこれ着てくれ」