小説置場T
□チョコレートデイズ
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もう一生チョコレートなんて見たくもない。
そう思った二週間だった。
「はいっ、猿飛君!これあげる!」
「え?俺様に?ありがとー」
名前も顔も知らない女子が、少し頬を染めて差し出されたものを、佐助はにっこり笑顔で受け取る。
女子はきゃーと小さく歓声を上げながら、後ろで待っていた友だちの元へ駆けて行く。
佐助はそれを笑顔で見送ると、受け取ったものを見て深々と溜息を吐いた。
ピンクの包装紙で可愛らしくラッピングされた、おそらく手作りだろうそれ。
本日2月14日。世に言うバレンタインである。
今日ではて何個目だろうか。もう正直見たくもない。
そもそも、佐助は甘いものはあまり得意ではないのだ。
「(ごめんね)」
家に帰れば、嬉々として甘いもの大好きの幸村がすべて食べるのだろう。
それを容易に想像しながら、佐助はスポーツバックにチョコレートを落とした。
「日本では女性が男性にチョコレートをプレゼント」などと言い出したのは誰だ。
本場の国では、主に男性が女性にプレゼントを渡す日であるというのに。
大体ここは仏教の国であるのだから、わざわざキリスト教の行事を取り入れなくてもいいのではないか。
日本の西洋かぶれに具合に内心文句を言いつつ、本日何度目か佐助は携帯を確認する。
新着メール、不在着信ともになし。
そして佐助は、本日何度目かわからない深々とした溜息を吐いた。
結局、自分だってバレンタインというこの日に浮かれているのだ。
佐助には恋人がいる。男だが。10上のおっさんだが。顔が目を合わせてはいけない人のようだが。
「(しょうがないよな。社会人だもんな‥‥忙しいよな‥‥)」
携帯をブレザーのポケットに突っ込みながら、自分に言い聞かすように佐助は胸の内で繰り返す。
佐助の恋人、片倉小十郎は、もちろん顔が強面だからやのつく家業というわけではなく、立派にも各国の要人を警備するSPのエリートである。
佐助が現在家事手伝いのアルバイトに行っている家の息子である幸村が通う道場の、隣の剣道場に通う政宗という少年の専属SPをしている。
自分に非常に懐いた幸村を道場に送った際、同じく隣の道場に政宗を送り届けた小十郎と偶然出会ったのだ。
幸村と政宗が仲がいいということもあり、自然と二人の距離も縮まり、というわけである。
しかし自分は高校生、相手は社会人。なかなか都合が合わず、少し寂しい思いをしていた。
だが、今日は世はバレンタイン、恋人たちの日である。
この日のために、佐助がどれだけ準備をしてきたかあの恋人は知らないのだろう。
当日が近ければ不審な目で見られるから、と思い、わざわざ二週間前に甘いものが嫌いなあの男のためにビターチョコレートと幸村のために甘いチョコレートを買い込み、
時間が許す限り大量にレシピを調べ、念入りに分量を計算し、完璧なチョコレートケーキを作り上げたのが昨日。
そして勇気を振り絞って我儘なメールを送ったのが今日の朝。
学校が終わった午後15時半、相手からの連絡はない。
「(我儘は好きなだけって言われたけど、やっぱ社交辞令だったのかな。やっぱ、ガキの我儘には付き合ってられないのかな)」
ぐるぐると思考がマイナスな方向へ向かって行く。
そんな人ではない、わかっているのだが。
きっと忙しいんだ。そりゃあそうだ。大企業の御曹司の専属SPなんだから。仕事なんだ、仕方ない。
一抹の寂しさを抱えつつ、自分に言い聞かせながら佐助はスニーカーに履き替える。
今日はアルバイトも休みをもらっている。もう帰ろう。
小さく溜息を吐いて、生徒玄関をくぐり、ふと眉を寄せる。
何だろう、他の生徒たちが興味深そうな目を校門に向けながらひそひそと囁き合っている。
立ち止まる下級生たちに邪魔だなぁと顔を顰めながら、そのまま校門に向かい、
そして、目を見開いた。
「よぉ、遅かったな」
「な‥‥ッ?!」
煙草を吹かしながら待っていたのは、見紛うことなく自分の恋人だった。
愛車である黒塗りのベンツに寄りかかりながら、回りの目を気にせずゆっくりと煙草を吸いながらのんびりと佐助に声をかける。
驚愕にぱくぱくと口を開閉させる佐助に、小十郎は首を傾げる。
「何変な面してんだ、さっさと乗れ」
「は、な、ちょ、なん、何で‥‥っ」
「お前が何言ってんだ。さっさとしろ」
そう言われて助手席のドアを開けられれば、乗ってしまうのはどうにもこうにももうクセだ。
小十郎も運転席に乗り込むと、実に涼しげな表情で車を走らせる。
とりあえず佐助の脳裏に残ったのは、驚きの表情で一部始終を見ていた他の生徒たちの顔だった。