小説置場T
□食べ物を粗末にしてはいけません
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甘い匂いが、リビングいっぱいに漂っている。
椿はボウルの中の茶色い液体をゴムベラでかき混ぜながら、困ったような顔で視線を後ろに向けた。
視線の先には、背中から椿に抱きついていてにこにこと気持ち悪いくらい機嫌のいい恋人安形。
突然安形に「緊急事態」と呼び出されて彼の家に駆けつけてみれば、安形はやってきた椿にスーパーの袋を差し出し、椿が言う「カッコいい顔」で、
「チョコ作ってくれ」
そう言ったのだった。
□食べ物を粗末にしてはいけません□
「あの、会長?」
「ん?」
チョコをかき混ぜながら、椿は恐る恐る声をかける。
遠慮がちなその声を気にせず、安形はにこにこと椿の背中から抱きついたまま顔を覗き込んだ。
「あの、ボク‥‥チョコレートなんて作ったことないんですけど‥‥」
「ん?ああ、いいよ」
「え?」
困ったような椿にあっさり答えた安形に、思わず変な声が椿の口から漏れた。
にこにこと笑顔の安形に、椿は唖然として振り返る。
何故だろう、椿の胸に嫌な予感が渦巻く。
「あ、あの、じゃあ、これは‥‥?」
「ああ、別にチョコなんて期待してねえよ」
「は?」
椿の顔を覗き込んでいた安形の顔が、ニィと歪む。
明らかに何かを企んでいる安形の顔に、椿は咄嗟に安形を振り払おうとした。
その前に、安形の手が椿の顎を掴み、深く深くその唇を塞いだ。
「んんッ?!」
空気を求めて思わず開いた椿の口の中に、安形の舌が滑り込んだ。
椿の舌を安形の舌が絡みとり、強く吸い上げる。
びくりと大きく跳ねた椿の身体に手を這い回らせ、椿のシャツのボタンを外していく。
「お前が、チョコを溶かしてくれるだけでよかったんだよ」
「あッ!」
胸をねとりと何か伝う感覚に、椿は身体を震わせて声を上げた。
チョコを掬い上げた安形の手が、椿の胸を撫でる。
「か、かいちょ‥‥っ」
「お前がオレのチョコだからな」
安形は爽やかな笑みを浮かべて、さらっとものすごいことを言ってのけた。
サアッと蒼褪めた椿ににっこり笑って、安形は椿の足を払う。
あっと声を上げた椿の身体を抱きとめながら、優しくキッチンの床に押し倒す。
思わず目を閉じた椿の顔の隣に、コンと軽い音を立ててチョコが入ったボウルが置かれた。
「か、かいちょ‥‥」
思わず声を上げた椿の唇に、安形の唇が落ちてくる。
優しいキスに、椿は困ったような顔をした。
押しに弱いのだ。安形の可愛い恋人は。
額に、瞼に、鼻先に、頬に、唇に、安形は優しくキスを降らす。
「オレにチョコ、くれるよな?椿?」
「‥‥は、い‥‥」
薄く笑って首を傾げた安形に、椿はか細い声で答えた。