小説置場T
□たとえキミが誰だって
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「さむっ‥‥」
小さく呟いた独り言は、白い息とともに風にかき消されていく。
肌がぴりぴりと痛むほどの冷たい風に、グリーンは両手に息を吐きかけた。
しかしすでに寒さで感覚を失った両手には、あまり意味はなかったが。
年中雪が吹きすさぶこのシロガネ山に通いつめて、さて何年経っただろう。
最早目をつむっていようが、吹雪いていようが迷うことなく山頂まで登れるようになったことに苦笑する。
最初は何度道に迷う、何回寒さに挫けそうになったか。
それこそ軽々二日三日かかった時間も、今では二時間経たなくなってきた。
見えてきた見慣れた光景に、足を止める。
絶壁の崖の手前、ぼんやりと立ちつくす男が一人。
この極寒の地に、まるで天気のいい日に近くの公園まで出掛けに行くのかと勘違いするような服装で、男は一人立っていた。
「よぉ、久しぶりだな、レッド」
へらっと笑って片手を上げて見せたグリーンを、レッドは無表情に見つめる。
グリーンはそれを気にも留めず、ざくざくと音を立てて雪を踏みながらレッドに歩み寄る。
いっそ青白いとさえいえるその白い顔に、赤の帽子とその下から覗く黒髪はよく映えた。
「いやー、最近ヒビキっつうガキがジムに通いつめててさ。今日もちょーっとばかし付き合ってやったんだけど」
「‥‥‥‥」
「やっぱ来るたびに強くなってるな。そろそろバッヂを渡してやってもいいころだ。多分お前のとこにも」
そう言って、グリーンは言葉を切って立ち止った。
レッドを見つめ、その目を細める。
その目は、ひどく哀しそうで、寂しそうで、
「来るんだろうなぁ‥‥」
風にかき消されそうなほど小さなグリーンの言葉に、レッドはやはり何の反応もしなかった。
やがてゆっくりと緩慢な動きで、モンスターボールを握ったその腕を持ち上げる。
グリーンは、眉を寄せる。
彼の目は確かにグリーンに向いているはずのなのに、
虚ろなその目は、何も見てはいなかった。