あの彼方の籠

□障害を経て……
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昴side


何で智花はあんなにふて腐れて、真帆は執拗に周二を殴り続けたたんだろうなあ。あの試合の、最後に真帆へパスした理由に続く謎その二だった。
とにかく、それで俺たちと女バスの関係はお仕舞いだ。まあ、正直、ちょっとは興味あるけどさ。愛莉が、真帆が、紗季が、ひなたちゃんが、これからどういう風にバスケと触れ合っていくのか、少し見てみたいような気もする。でも、やっぱり一介の高校生がしゃしゃり出るような場面じゃないだろ。俺たちは指導者じゃない。まだ、選手なんだ。
……あと、智花、か。あの子に関しては、特別思いを馳せたりはしてなかったりする。


「おはようございます、昴さん、周二さん。ロードワークお疲れ様でした。これ、お母さんからあずかったオレンジミルクです。とっても美味しかったですよ」

「お、ありがとう智花。いつも気を利かせてごめんね」

「いえ、私が好きでやっているだけですから」


だって智花、毎朝ウチに来てるし。ミホ姉づてに俺たちが個人練習を再開したって聞いて以来、こうやって連日走り込みの帰りを待ち構えてやがる。周二にいたっては、もうすでにそんな意識忘れてるし。そんなに近所に住んでるわけでもないのに、一体何時に起きてるんだろう。あーあと、人の親をお母さんと呼ぶのは頼むからやめてくれ。「とってもお若いのでおばさんなんて呼べません」とかそういう世辞はいらないんだ、調子に乗るから。あの人の呼び方なんてなんだったらババアで……


「昴……いくら息子といっても、七夕さんを怒らせたり傷つけるようなこと言ったら……“ただじゃおかないよ?”」


と、何だか隣と屋内からとてつもないプレッシャーを感じたのでさすがにそれはダメ、という事にしておこう。ああ怖かった。


















周二side


「おはよ、今日も挑戦するの?」

「はいっ、よろしくお願いします!何だか今日は、いけそうな気がするんです……!」

「昨日も聞いたなー、それ」

「……うー」

「大丈夫だって、少しずつ回数は増えてきてるから」

「周二さん……はい、頑張ります!」


こんな感じで智花は毎朝やって来て、とあるプライズ付きゲームにチャレンジしていく。
──ゲームの内容は、フリースローを連続で五十本決められるかどうか。
──成功した時の賞品は、俺たち。
俺たちを慧心学園初等部女子バスケットボール部の正コーチに就任させる権利だ。
最初に申し込まれたとき、つい軽い気持ちで二人でろくに相談せずに良いよ、と答えてしまった。 だって、五十本なんて絶対に無理だと思ったから。負けるわけの無い賭けだと思った。
だけど俺たちは一つ、とんでもないミスを犯していたのだ。

……期限を決め忘れた。

おかげで智花は連日やってきて、失敗して、しょんぼりして、一緒に朝飯食べて、そのまま学校に向かって、また翌日やって来る。──気がつけば俺たちは、毎朝欠かさず智花のジャンプシュートを再チャレンジ込みで延々と何十本も眺めるのが日課になってしまっていた。
……まあ、かつて夢に見るほどまで切望したジャンプシュートだ。退屈だ、とは言わない。今日も相変わらず、確かに智花のジャンプシュートは美しい。
自分の果たした役割なんて何分の一かに過ぎないとはいえ、このシュートを守ることが出来たのだな、などと胸の内で思うと、感慨深いものが浮かんでこない、ということもない。

……もはや。

ここは長谷川家だし俺が智花に言うべきことでは無いだろうし、しいて言えば、俺はもう彼女のフリースローの応援をしている。昴としては、自分から智花に言い出すのは、根負けしたように感じるので癪みたいだ。
しかし智花は智花であの性格だ。これから何度失敗しようと、彼女の方からのギブアップなど当然望むべくもない。必然的に、終わりの見えない膠着状態が今後もずっと続いてしまう。

まったく、困ったもんだね。

そんなわけで、今日もまた俺、もしくは昴も心の中で呟くのだった。
昨日とまったく同じ、ほんの小さな願い事を。



──今度こそ、成功しますように。







Vol.1 END
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