あの彼方の籠

□全力を懸けて
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全てを伝え終えてコートに戻ると、もうあらかたの準備は完了しているようだった。敵陣と横並びに配置されたパイプ椅子に座るミホ姉の隣に二人並んで立ち、昴が大きく伸びをする。
……いや、意味ないんだけどね、自分の体をほぐしても。恐らくつい選手みたいなつもりになってしまったのだろう。昴と顔を合わせて苦笑しつつ、サブコーチの仕事へと移行する。
ウォームアップする敵メンバーを眺める限り、ビデオに映っていない選手はいないようだ。よかった、余計なことに気を回す必要は無さそうだ。二人で考えた通りの作戦でいける。
ちなみに審判は、中等部のバスケ部コーチと顧問が来てくれたらしい。結構本格的だな。
それから数分にわたり、男女とも自由練習が行われた。そして、予告通り十時きっかりに主審から集合が言い渡されると、お互い申しつけられた通り、礼と握手を交わす。

──始まる。みんなの防衛戦。そして……俺たちの復帰戦が。
ふと首を横に向けると、昴が今までにないくらいの緊張感を醸し出している。おそらく、俺がいなかったあの県の決勝以上の緊張に見舞われているに違いない。……かくいう俺の鼓動の高鳴りも、徐々に激しさを増してきている。
結構苦痛だ。そこにボールがあるのに触れないなんて。
……いや、信じよう。今日はみんなが、俺たちの五感だ。



女子 0―0 男子




審判から、試合の皮切りであるジャンプボールの指示が告げられる。
打ち合わせ通り、ジャンパーとしてセンターサークルに立ったのは────智花。


「……ふっ」


敵陣との距離が近いからカマキリの反応が丸わかりだった。今こいつ、明らかに安堵の鼻息をこぼした。一番背の高い選手が、愛莉がジャンパーに出て来ないのは、使い物にならないから。つまり、ちょっとやそっと練習したところで、愛莉の性格はどうしようもなかった。あの少女は相変わらず、臆病なまま、役立たずの、まま。

──どうせ、そんなことでも考えてるんでしょ?
それでいい。その油断こそが最大の付け入る隙なのだ。
審判の手からタップされたボールが真上にあがる。そして最高到達点からわずかに下り始めた所でそれを叩いたのは……智花!よし、数センチの身長差などものともしない高さ。


「おっしゃ、もらいっ!」

「真帆っ!」

「あいよっ!」


狙い済ましたままに、智花が弾いたボールは真帆の手にすっぽり収まる。ボールはすかさずリターンされ、智花がフリースローエリアの先端──ハイポスト付近まで一気にドリブルで詰めていく。

……さあ、凍り付かせてやれ!


「おねがいっ!」


ふわり、と智花が放ったとは思えないほど緩慢な、弱々しいパスが宙に舞った。
そうだ、それで良い。パスに勢いなどいらない。インターセプトなどあり得ないのだから。そんなに高いパス、誰の手にも触れられない。

……ただの一人を除いては、な。

頼んだぞ。今その空域を支配できるのは、君だけだ────愛莉ッ!


「はいっ!」


指示に、練習に忠実に。ゴールの真下へと走り込んだ愛莉の高らかに上げられた手に、パスが収まる。そのまま、跳躍。ゴールが音もなくネットを揺らす。


「っしゃあっ!すげーぞアイリーン!」

「愛莉っ、凄く良かったわ!今の感じを忘れないで。……どんどん、パス出すからね!」

「……うんっ。……うそ、わたしが、決めた。……ゴール……うんっ!」


自陣に戻りながら、称賛の嵐を受ける愛莉。
その手の持って生まれた星回りの強さっていうのも、大事な才能だ。素晴らしいよ、愛莉。
この日まで、愛莉にさせたオフェンス練習は走り込んで智花のパスを受けることのみで、シュートは一本も打たせなかった。その方が、愛莉の場合は変な苦手意識が付かなくて逆に良いと思ったから。だって、あの子はミニバスゴールならその気になればダンクだって楽々習得出来る程の高さがあるんだぞ。ほんのちょっと飛べば、後はリングの上に軽く置いてくるだけだ。ビギナーズラックと同じ原理で、無垢な状態の方が、かえって決まる。


「早速やったな、愛莉。お前の練習が活かされてるじゃないか」

「まあ、シュートは教えてないけど。型にはまらない方が彼女にはもってこいだからね」

「慣れればお前がダンクを教えてやることも出来るかもな」

「うーん……教えてみたいけど、まずはこの試合に勝ってからの話だね」


さーて、カマキリさん。出来ればもう一度聞かせてくれないかな。あんたが言うところの、『お遊戯』の感想ってやつを。

……そうか、言葉を出ないか。そいつは光栄。

同様にコートの男バス連中も、驚きを隠せない様子だった。まあ、気持ちは分かる。……でも、良いのかな?そんな隙だらけな動きを、ウチのエースの前で見せちゃってさ!




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