あの彼方の籠

□障害を経て……
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「ふぅ〜……到着。今日は少しきつかったな」

「……はあっ。……はあっ。…………とか言いながら、涼しい顔なのが甚だ疑問だな……」


ロードワークの終盤は、更に速度をつけたダッシュを挟む。
ぶっ続けの全力疾走約二分間果たすと、少しばかりに息が乱れて、ちょうど長谷川家の前。あとからアホみたいに息の上がった昴が追いつく。
表札の上に引っかけておいたスポーツタオルで顔の汗を拭くと、少しだけ若葉の匂いがした。

朝の自主練習、これにてメニューの半分を消化。

──結局、一年待ってみることにした。伊戸田への転校という選択肢を俺たちが捨てたのは、まあ親のことも無いと言えば嘘になるんだが、何より七芝でバスケを続けることが、リベンジになると感じたから。
あの人がぶち壊した部活を俺たちが立て直したら、それってきっと、俺たちの勝ちだよな。
こじつけだって言われても構わない。自分たちの中で、けじめが付けばそれで良いんだ。

それに、何となくつまんないでしょ。

毎年全国行きが約束されてるような学校なんて、なんだか面白みに欠けるような気がする。
いや、もちろん王者には王者なりの辛さがあるとは思うけど、俺たちにはもっと、無理無謀を強引にひっくり返すような。そんな戦いの方が、きっと性に合ってる。
……もちろん今度は時間をたっぷりかけて、万全の体制でね。
休部期間の一年をこれからどう乗り切るかについてはまだ完全に固まりきってない部分もあるけど、とりあえず放課後は一年生で結成した非公式のバスケ同好会に参加して、週に何回かオールグリーンで野良試合に明け暮れることに決めた。
ていってもようやく四人集まったばかりで、まだ活動らしい活動はしてないけどね。七芝の仮入部員は、みんなそれほどバスケ一筋って訳でも無かったから、いつの間にか他の部活に鞍替えしてたり、ちゃっかり高校デビューしちゃってたりで、今さらバスケかよ、っていう反応がほとんどだったので、メンバー集めは現在も継続して難航中である。
でも、まあ。何とかなるもんだ。道は必ずどこかに繋がってるものでさ。元バスケ部だったりそうじゃなかったり、色んな縁でこの前ようやくチーム結成に至った。
──あの子たちとは、試合の日に別れてそれっきりだ。会いに行ったりはしてない。

もう、そういう間柄ではないから。

試合には、勝った。女バスの──みんなの場所は、みんなの手で守られたのだ。
自分たちの手柄、なんて気は全然しない。最後のパスは、俺たちには全く読めなかった。後で話を聞くと、どうやら女バスの全員が当然あそこは真帆にパスだろうと思っていたらしいのだが。
うーん、何故だ。なんで真帆は、あのバテバテ状態で生意気にもエースが自分を当てにしてくれると確信して全力疾走出来たのか。なんで智花は、視界が塞がれた状態で愛莉でも紗季でもなく、真帆にパスを出そうと考えたのか。なんでそんなエスパーじみたコンビネーションを、女バスの誰もが当たり前のことのように語るのか。全てが意味不明だった。
何だか一つ、大きな謎が残ってしまったなあ。

ともあれ、ヒーローインタビューがもし上がるのはあの二人だろう。
ああ、でも愛莉がいなかったらそもそも話にならなかったし、紗季の得点が前半の猛攻の起点になったわけだし、ひなたちゃんのファウルが無ければ追い付けなかったわけで……。
……まあ要するに、みんなで掴んだ勝利だ。俺たちはその何分の一かに過ぎない。
勝利の余韻から解放されて興奮が引いてくると、本気で悔しがっていた竹中や男バス連中がちょっとだけ可哀想にも思えてきたけど、よく考えれば、俺たちだってミニバス時代は週三だったしな、活動。毎日なんてそもそも贅沢だ。それにきっと、男バスは女バスと共存した方がもっと強くなる。近くにライバルがいるっていうのは、上達する環境としてはこの上ないんだから。
男バスにとっても、女バスが残ったことは長い眼で見ればプラスになるんじゃないかな。
それから試合の後、長谷川家でささやかな祝勝会を開いた。そしてその場で、みんなからコーチの延長を頼まれた。お前らが守ったんだから責任持ってコーチしろ、とか無茶苦茶なことも言われたっけ。昴はきっぱりと、俺も負い目を感じつつ、謝罪ながらも断った。俺たちだってこれからいろいろあるし。何よりやっぱり、素人コーチからじゃなく、ちゃんとした大人に教わった方が良いと思ったから。
愛莉には謝ったよ。ごまかしたりなんかしない。本当はセンターをやらせていたこと。愛莉の背の高さに期待してそんな嘘をついたこと。そんな提案に俺も仕方無くとはいえ加担したこと。二人で土下座しながら包み隠さずぶちまけた。
当然、わんわん泣かれた。真帆にグーで殴られた。でもその後二人必死で、いかに背の高い女性が魅力的であるのか。俺たちの眼に愛莉がどれほど綺麗に、可憐な少女に映っているのか。三十分以上かけて力説してやった
らようやく機嫌を直してくれた。まあ安心したのもつかの間、今度はいつの間にか智花の機嫌が悪くなっていて、さらに俺だけ真帆から更に威力の増した拳骨が襲いかかってきて、結局俺たちは祝勝会の間中ご機嫌取りに右往左往する羽目になった──っていうオチ付きなんだけど、この話は。








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