あの彼方の籠

□全力を懸けて
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「おや、ようやくのご到着ですか、篁先生。さんざん啖呵を切っておいて、生徒を置いて逃げ出したのかと思いましたよ」


試合当日の朝。急な思いつきで、ミホ姉にちょっとした買い物に連れて行ってもらった。そのせいで慧心学園への到着が予定より少し遅れてしまった俺たちを、三十代半ばぐらいの神経質そうな吊目の男が、蔑みの入った視線で出迎える。その人物には俺と昴には見覚えが無かったが、直感的に、ミホ姉の嫌いそうなタイプだな、と思う。


「長谷川さん、桐山さん、おはようございます。……男バスの顧問兼監督です。通称カマキリ」


紗季が側に来て、挨拶がてらにそっと俺たちに耳打ちしてくれる。なるほど、言い得て妙だ。
なら、やはりミホ姉との関係、最悪か。どんな対応するのかちょっと見物かも。
その動向に注目していると、ミホ姉は一直線にカマキリ先生の近くまで足を運び、
……そのまま何事もなかったかのように通り過ぎ、


「おはよー!お、真帆、デコに米粒付いてるぞ。──はむっ。……これはコシヒカリ!」

「ぎゃー!みーたんにデコチュー奪われた!責任取って!」


完膚無きまでにシカトした。うわー、なんて大人げない。
それにしても、ミホ姉のスキンシップに真帆までもが被害者となるとは。真帆、デコチューだけで責任取るぐらいのものだったら、俺が毎朝の朝食で額と両頬の顔面大三角形を奪われたこの被害はどれほどの重罪になってしまうことやら……ミホ姉、最近俺へのスキンシップが更に大胆を極めてきている気がする……。俺、なんかミホ姉の機嫌が良くなるようなことしたんだろうか?


「……ふん、良いでしょう。私は今日機嫌が良いですからね。ようやく下らない争いが終わって、我々が体育館を有効活用出来る日が来るのですから。せいぜい女子バスケットボール部の皆さんと、最後のお遊戯を楽しんで下さいよ。……それでは」


いかにもな捨て台詞を吐いて去っていくカマキリ先生。その背に向けて、ミホ姉と真帆と紗季が幾人の怒りを煽るようなお見せできないポーズで憎悪の意を表する。ひどい嫌われようだった。

……だが、自業自得だろう。

お遊戯と、言ったか、俺たちのバスケを、お遊戯と。──面白いね。現に昴も同じような解釈で受けとめたらしく、右の広角がやや上ずっている。


「おはようみんな。……最後の打ち合わせがしたい。どこか女バスだけになれる場所、ないかな?」


昴の号令で全員を集合させて、順繰りに瞳を合わせる。
さあ、始めようか。俺たちの、勝利のシナリオを。カマキリは雌に喰われて糧となれ。


「おはようございます。倉庫で良いですか?散らかっていて汚いですけれど」

「みんなさえよければ俺たちは問題ないよ。──よし、行こうか」


引き締まった表情で答えてくれた智花の提案に従い、五人を引き連れるように体育館を横断。


「って、ミホ姉は来ないのか?」


昴が動こうとしない顧問に問う。


「作戦知っちゃったら、つまらないだろ」

「……そか。じゃあ後でな」

「とっておきの作戦、楽しみにしててね」


ニカリ、と歯を見せるミホ姉に手を上げて別れる。真帆たちも拳を突き上げたり、会釈したり、頷き合ったりして戦友に勝利の決意表明をしながら、倉庫──作戦会議室へ。
途中、男バスの選手が集まって談笑してる側を通ると、竹中がゆっくりと立ち上がって、俺と昴を冷たい侮蔑の色で睨み付けてきた。


「むざむざ恥かきに来たのか。バカなやつ。……まさか勝てるとか、思ってねーだろうな?」

「悪い、思ってる」

「それ、負けフラグが立つ台詞だね」


竹中の顔がキッと強張る。


「……なめんな。ねじ伏せる」


へえ、良い面構えじゃんか。……これ以上言葉は無粋だろう。返事はせずに、歩を進める。


「湊。今度は、負けない」


竹中は続いて後ろを歩くこちらのエースにも宣戦布告をかます。
……たまらんなあ。血が踊る。何を隠そう俺だってこんな見た目でも男の娘──ゴホン!男の子である。昴も含めてこーゆー展開は正直大好きだ。いいぞ、青春万歳。さあさあ智花、小じゃれた台詞を返してやるんだ!


「──ねえ真帆、うなじにお米粒付いてるわよ。ふふっ、どういうご飯の食べ方してるの?」

「あひゅん!ちょ、さわんな、そこは弱点だ!」


……全然聞いちゃいないんでやんのね。
もうね、がっくしですよ。所詮おなごにゃ分からないのか、この手の熱さはさ。
ごめんねー、竹中よ。同じ男として惜しみない同情の念を送りつつ彼らの目の前を通り過ぎ、たどり着いた重い引き戸を開く。
途端、溢れかえるかび臭い空気。それを気付け薬に変え、気合いを一つ。

─さあ、まずは愛莉だ。些か罪悪感が否めないが手段は選んでられない。今から長谷川昴史上最悪の口車が発進するぞ。




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