あの彼方の籠

□居場所を守るために
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男バスは強い。
それが昨晩何度も繰り返し映像を確認し、二人で得ることが出来た結論だった。
いや、もちろん見る前からそんなことは分かっていた。実績から推し量れる。だが、百聞は一見にしかずというやつだ。音に聞く強さと、実際に試合運びを見た上で認識したそれとでは、情報としての価値が違う。……絶望感が違う。
慧心学園初等部男子バスケットボール部についての、現時点での簡単な分析はこんな感じだ。
まず、ディフェンス面だが、突出した逸材が無い代わりに粗もほとんどない、非常に均整のとれた一対一(マンツーマン)のディフェンスを得意としてるようだ。地味ではあるが、どんな競技であれ基本形が一番盤石なのだ。これには現状対策らしい対策が見いだせない。
もっとも、一時的に攻め崩すだけなら簡単な話だ。智花に頼れば良い。一対一ならば、男バス部員の誰がついてきても難なく抜き去ってくれるだろう。彼女の個人技に全てを委ねれば、それなりには点は取れそうだ。
だが、それでは当然ダメだ。一人の才能に依存しきったチームなど、その一人を潰してしまえばあとは何も残らない。相手も当然女バスがワンマンチームであることは知っているはずなので、智花潰しをまず第一の戦略として考えてくるだろう。
加えて智花一人の力では勝てない理由がもう一つある。男バスにもオフェンス力に特化したバリバリの点取り屋が一人いるのだ。俺たちを拉致したツンツン頭がそうだった。話を聞いてみたところ、やはり彼が真帆と喧嘩したクラスメイトらしいので、サシの勝負なら智花はきっと負けない。だが、チームの総合力が絡んでくると話は別だ。敵は二人がかり、三人がかりで智花を押さえ込むという手段が取れるが、こちらはそうはいかない。たぶん、智花以外の誰が何人付こうと彼を止めることは出来ないだろう。だからといってツンツンを押さえ込む仕事まで智花に任せるとなると、負担が大きすぎていくらあの子でも最後までは保てない。必ず途中で翳りが出る。そして地力のアドバンテージは時間と共に縮まり、最後には大きく逆転されてしまう。

結論として、今のままの女バスで、男バスに勝てる可能性はゼロだ。
だが、希望を捨てたつもりはない。ちゃんと突破口はある。

――男バスには、飛び抜けて背の高い子がいないのだ。

これも智花から聞いた話だが、男バスの現ベンチメンバーは150cm台前半が最高で、殆どがそれ以下である。ビデオでも確認済みだ。
つまり、愛莉がもしセンターとして機能してくれれば相当なアドバンテージになるということ。そしてそれが勝つための最低条件、スタートラインだ。短期間で女バスが男バスより優位に立つには、どうしても愛莉の身長に頼らざるを得ない。愛莉のゴール下での働きを前提として初めて、ようやく作戦らしいものが組める段階になる。
で、その方法だが……簡単に思いつけば苦労などしない。身長コンプレックスで超弱気なあの子をゴール下の矢面に立たせて積極的にプレーさせるにはどうすればいい?何をすべきかなど見当も付かない。まさか自己啓発セミナーに通わせるわけにもいかないし――

……………保留、だな。

とりあえずこの条件は先送りにしておくしかない。どうせ愛莉の覚醒に失敗すれば負けるのだ。だから今は『愛莉は一週間後、センタープレーヤーとして目覚めている』と仮定して、他のメンバーに何を教えていくかを決めた方が建設的だ。
……そして、今この瞬間においてなによりも最優先で考えなくてはならぬ問題から、いつまでも目を逸らしている訳にはいかない。そろそろ出さねばなるまい。結論を。


「どうやって入ろう……」

「そりゃ入ると同時に謝るのが良いでしょ……」


時は月曜、十六時十五分である。
慧心学園初等部体育館裏口前で腕を組む昴と直立俯き気味の俺はもう五分近く動けずにいた。

……だって、気まずいんだもん。

真帆とは険悪な雰囲気のまま別れたっきりだし、智花以外の他の子たちにしたって決して笑顔で再開を誓った仲ではない。今さらどんな顔で戻ればいいのだろう。
目の前で鉄扉を開けば、そこで彼女たちが待機しているのだろうか。それとも、来る試合に向けて自主練なり真剣勝負の紅白戦なりしている最中なのか。一言目はどうしよう?あまり軽い態度だとご機嫌取りの魂胆バレバレだし、かといって言葉が足りぬと遺恨があってしまうかもしれない。最初は誠意を見せるために敬語を使うべきだろうか。それとも早くわだかまりが解けるようフレンドリーにタメ口か……?
やっぱり、ここは謝罪を述べるべきか……?


「くそ……悩むだけ無駄だろうぜ」

「そうだね……入ったらすぐ謝ろうか」


考えたって、答えなど出るはずもない。勢い任せでドアを開いて、あとは電光石火で謝罪だ。

よし、覚悟を決めてやる。
ノブに汗の滲む手をかける昴。そして、力一杯に引き開け――


『お帰りなさいませ!ご主人様!』


――謝れ。俺たちの緊張に全力で謝れ。














メイド服は速攻で脱がせた。苦情は受け付けない。時間がないのだ。
もっとも、彼女たちもそう言ってくるのは想定の範囲内だったらしく、俺たちが呆れ笑いで着替えるように伝えるや否や、みんなその場で重装備を外し始め、予め下に着込んでいた運動着姿をすぐさま披露してくれた。


「うぅぅ……」


……問題は、それがブルマとスパッツであることなのだが。一人進退窮まって脱ぐに脱げないでいたメイド服を真帆に無理矢理ひん剥かれたブルマ姿の愛莉さん、思いっきり涙目である。ああ、目のやり場に困る。こんな時、ジャージをはいてきて良いよと言ってやるのが優しさだろうか。それともその手の発言はセクハラだろうか。……あ、智花が無言でジャージを差し出した。うん、やっぱり君は出来る子だ。


「……えーっと。じゃあ、改めて。もう智花は聞いてるとは思うけど、もう一度みんなのコーチを引き受けさせて貰うことに決めました。なんだかゴタゴタして、ごめん。でも、……きっと勝たせて見せるから。だから前ひどいことを言ってしまったのを、許して貰えると嬉しい」

「昴に続いて、自分も再度みんなのコーチをさせて貰うことにしました。前は本当に君たちに酷いことをしてしまって申し訳無いと思っています。だけど、今度は君たちと一緒にもう一度悔いの残らない練習を共に出来たらと思う。改めてよろしくお願いします」


いろいろ一段落したところで一列に並んだ五人に頭を下げて、二人それぞれでそう宣言した。


「しょーがないなっ!許してやんよ、二人ともっ!」


夏空を仰ぐ向日葵のような、真帆のまっすぐな笑み。それに釣られて、チーム全体に笑顔が宿る。うん、やっぱりこの子は明るい顔が似合う。


「ありがとう。それじゃ、早速だけど、始めようか。男バスに勝つための秘密特訓を」

「余裕に構えている男バスと顧問に一泡吹かせてやろうよ」


全員の顔を順繰りに見回す。一転して皆真剣な表情。


「……最初に、チームを二つに分けます。そして、別々のメニューに取り組んでもらう。Aチームは真帆と紗季。二人はまず、徹底的にシュート練習をしてもらう。そしてBチームは智花、愛梨、ひなた。こちらのチームは守備力の強化から始めようか」
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