あの彼方の籠

□己の本心と覚悟
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コーチ役から退いた翌日の土曜日。一成に呼び出されるまま、俺達はターミナル駅に隣接する総合アミューズメント施設『オールグリーン』にやってきた。
とりあえずフードコートで腹ごしらえすべく、オープンスペースの席でたこ焼きを頬張っていたところ、向かいに座る一成が物珍しそうに人の顔をじろじろと眺めていることに気付く。一体何なんだ気持ち悪い。


「……あんだよ?」

「や、まさか来るとはなーって。誘っといてなんだが。……来るとわかってれば昨日の内から荻山とかにも招集かけたのに」

「……まー、暇だし」


視線に気付いていた昴も一成に口を開き、返答した理由に俺も肩をすくめつつ、そう返す。確かにあまり気乗りする誘いではなかったが、それでも家にいるよりは気分的にいくらかマシに思えたのだ。二人で家でじっとしてると、つい女バスのことを考えてしまう。もうどうする気も無いのに、無意味に苛立ちだけが募っていくのだ。昔から、人の期待に応えられないことが、俺達は何よりも嫌いだった。


「暇、ねー。まーいいや。今は何も言うまい。――おっしゃ、じゃあ何して遊ぶ?」


一成は自分の食料を早々に平らげると、当然のように俺達に選択権を委ねてくる。ちなみにこいつの昼食はたい焼き五個。見てるだけで胸焼けがした。昴は同じくたこ焼きである。
……さて、どうしようかな。来るには来たけど、別に遊びたかったわけでは無いのでモチベーションはすこぶる低いのだ。当然行きたい場所など何一つ思い浮かばない。昴も同様のようだ。
オールグリーンには現在地であるフードコートの他、ボウリング場、ビリヤード、卓球、カラオケ、ゲームセンター等のスペースがある。……とりあえずボウリングとカラオケはパスだな。今のテンションで一成と歌うなんて、拷問に近い。卓球はこいつ下手すぎるし、ビリヤードは俺以外、二人とも未経験のはずだ。……なんだ。となると消去法で一つしか残らないじゃん。


「ゲーセン、じゃね。無難に」

「ゲーセン、か。無難だなー」

「三人だと他にないよ。お前と歌いたくないし。それとも卓球でフルボッコをお望み?」

「断る。貴様らの卓球は性根が腐ってる」


バックハンドで返せないお前の技術に問題があるんだ。俺らのせいにするな。


「……あ、そーだ。お前たちよ、いい天気だ。今日は共に甲子園を目指そう」


甲子園?……そうか、屋上にバッティングセンターもあったな、確か。
忘れていただけだ。別にわざと考えないようにしてたわけじゃない。


「……んー、屋上は、嫌かね?アレを見るのは、嫌か?」


答えを言いよどんだ小さな間に、一成は邪推するような笑みを浮かべてく挑発を挟んでくる。何て気持ち悪くてむかつく顔なんだ。もう一度あの時のように左のフックをかましてやろうか。


「アホか、関係ねーよ」


昴が一成の愚問に侮蔑の目を向けながら斬る。構うものか、別に。
屋上には、バスケットゴールとハーフコートも有る。
だからどうした。ゴールなら自分の家にも昴の家にもある。















「……一成。お前、これが目的?」

「……いや、まったくの偶然」


屋上はなかなかの盛況だった。土曜日だから人が多いというのも有るのだろうが、今日の混雑の理由はそれだけではない。なぜならそこに書いてある。

『本日、毎月恒例イベントのフリースロー大会を開催中!シュートを十本打って豪華商品をゲットしよう!パーフェクト達成者にはなんと館内施設で使える千円割引チケットをプレゼント!残念賞もあるよ!』

最初に入った時は、これにかこつけて俺達にボールを持たせようとする一成の謀かとも思ったが、奴の表情を見るとそういうわけでは無さそうだ。
だが。一成に初めから魂胆が有ったかどうかなど、たいして意味をなさない問題だろう。


「よしお前ら、男になってこい」


ほら見ろ、どのみちこいつはやらせようとするに決まってる。勘弁してくれ、この手のものに現役が名乗りを上げるのってかなり恥ずかしいぞ。


……あ。現役――じゃないのか、もう。


いやまあそういう些細な問題はともかくとして、だ。


「「絶対嫌です」」

「バカお前ら千円つったら回数券買えるからバッティング五ゲーム無料だぞ。何かと物入りな高校生には夢のようなチケットじゃねーか。しかもお前らだったら十連続くらい楽勝だろ?」


言う程楽じゃないよ。ただ決めるだけならともかく、衆人環視の中で打つたびにカウントアップされるとプレッシャーがすごいんだ。集中し辛い分、下手したら試合の時よりも緊張するかもしれない。それに、俺は昴ほど得意じゃないからレイアップやダンク意外はかなりコンディションが重要だ。


「……だとしても、バスケ部がやったら大人げないだろ」

「大丈夫だ。お前ら毛生えてないし」

「髭だけだ!」

「あらあら?周二ちゃん反論なし?」

「……いや、その………」

「おい……マジかよ」

「ふ、ふぇ…………ふえ〜ん!昴ー!もう嫌だおうち帰る〜〜!」


俺は精神が崩れ、あまりのショックに涙や鼻水を垂れ流し、昴に駆け寄って胸に抱きつく。


「おーよしよし。お前は三月生まれだから他人より成長が遅いんだぞ。大人になればすぐに追いつけるさ。……おい、一成。お前どうするべきか分かってるよな?」

「本当にすんませんでした!」


一成はその場で頭を地に擦り付け、精一杯の声量で土下座を行使する。こうなったら条件つけてやる。


「……ひっ、ぐすっ…………。じゃ、じゃあ……俺にあそこのファミレスのイチゴパフェ奢ってくれる?」

「へ?あそこ超上手いけど高くて有名なパフェなんじゃ……」

「お前、こいつを泣かせた事実が周りに知れたら……、お前の高校生かつは暗黒時代になるぞ」

「お、奢らせていただきます!是非とも私めにイチゴパフェを奢らせていただきます!本当に申し訳ありませんでした!」

「……じゃあ、いいよ。それと、俺このフリースローやるから二人は見てて。成功したら一成は昴にもイチゴパフェを奢るように」

「……へ?」

「何か文句あるの?」

「いえ……私めには一つもございません」

「ならいい」


「ああそれと、チケットはお前にあげる。あと追加で今度俺らにラーメンも奢ってね。豚ダブル全増しで」

「あ、ああ。取ってきたらな」


一成がニヤリと口元を歪める。
まったく、周りは面倒ごとを持ち込む輩ばかりだね。




列に並ぶと、幸か不幸か順番は比較的すぐに回ってきた。
アルバイトだろう係員の簡単な説明の後、トリコカラーの七号球が手渡される。
フリースローラインの中心近くに立ち、バックスピンをかけてそれを目の前に落とす。
腰より少し高く構えた右手に吸い込まれるように、戻ってくる。

同じ動作をもう一度、二度。

うわ、本当に久しぶりだな、ちゃんとボールに触るの。そのせいなのか、それとも小学生用の五号球に目が慣れたためか、少しだけ直径が大きくなったように錯覚する。

――でも大丈夫。問題ない。体調もいいし。

大根に根を張るイメージで、重心を落とす。ゆっくり上体だけを持ち上げ、一秒に満たない静止。それから膝に込めた力で空に向けて解放するように体を伸ばし、ボールを放つ。

トリコロールの空中遊泳を。

遅れて、バックスピンを擦る、衣擦れのような音。よし。


「……さすが」


一成の呟き。続いて義務感にかられたような観衆の拍手。だが、


「ダメだ」


思わず口に出してしまう。
結果的には決まったが、今のは感触として失敗の部類に入るシュートだった。
どこかしら、フォームが乱れた。感覚を逆再生。――問題箇所、指摘できず。
恐らく全体的に少しずつ理想からずれた。仕方がないか、ブランクが有るのは事実だ。
少し怪訝な表情を浮かべた係員から再びボールを受け取り、すぐに膝を沈める。
今度は一つ一つの動作を確かめるように、丁寧に。


「おめでとうこざいまーす!二本目成功です!」


シュートは決まった。でも、違う。
良いときの俺のフォームは、こんなじゃない。
三本目。今度はより意識を内面に。
動作は流れに任せたまま、ただ最良のイメージだけを心に焼き付け、自分のフォームと照らし合わせる。
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