あの彼方の籠

□少女達との対面
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昴side

もちろん、幻覚なんぞ見るはずもなく。
意を決して再突入すると、扉の前に整列していた五人の少女たちは、


『お帰りなさいませ! ご主人様!』


さっきと一言一句違わぬ台詞で再び俺達を迎えて下さった。隣の小さな幼馴染みは口を開いて、正面を見据えたまま立ち尽くしている。

混乱した頭で順繰りに全員の姿を見回す。
少女たちは、皆頭に白いカチューシャとひらひらしたエプロンを装備し、その下に重苦しそうなドレスを着込んでいた。ぱっと見、服は二種類あるらしく、色はどれも黒だが三人がロングスカート、二人がミニだった。ミニの二人は膝丈のタイトな靴下も身に付けており、一方はレースのフリルで彩られた目の細かい黒のメッシュで、もう一方の子は赤と黒のボーダー。
――などと、細かい説明はおそらく時間の無駄であろう。
彼女たちの外見を叙述するなら、一言でいい。

要するに、メイドさんなのだ。

こんな地方の街で暮らしていても、一応『都会ではメイドさんが流行ってるらしい』くらいの情報なら入ってくる。が、まさかここまでの浸透率だったとは思いもよらなかった。メイドさんがいる場所、と言ってもせいぜい喫茶店くらいのものだと思っていたのだが。

メイドバスケ部か。一体誰が得するんだろう。

ってそんなわけあるか。この状況で陰謀の匂いを嗅ぎ取れない輩などそうはいまい。
改めて、メイドさんたちの顔に目を向けてみる。うむ、ノリノリなのは二人だけで残りの三人からは嫌っそぉなオーラが内面からにじみ出ている。つまり誰かが強制した結果こんな事になってしまったと考えるのが妥当だ。ではその誰かとは?――考える必要もなかろう。


「申し訳ない! ミホね……篁先生が無茶を言ってすまなかった。心よりお詫び申し上げます。」

「これってミホ姉が皆に着せたのか?」


それ以外何が有るか馬鹿者め。お前はミホ姉の真実を知らんからそんな事が言えるんだ。
腰を直角に曲げ、可能な限り真摯に頭を下げ続ける。いまいち納得はしてないながらも、それに続いて周二も見よう見まねで頭を下げる。しかし、俺はもう二度と面を上げないほどの覚悟で。……あんにゃろう。さんざんそれらしい事をのたまっておいて、その目論見が裏目に出た時の保身に逃げ出しただけじゃねえか!


「えーと、ご主人様、何のことですかっ?」

「え?」


祐希side


「えーと、ご主人様、何のことですかっ?」

「え?」


返ってきた言葉が予想と違っていたのか、昴は体を早く戻した。
ざっと五人の顔を見渡すと、真ん中に立っている子がにかり、と昴に笑いかけてきた。今、口を開いたのはこの子だろうか。栗色のセミロングヘアを二つに結っており、ぱっちりとした大きな瞳が特徴的な子だった。こぼれる白い歯から、五人の中でも特に快活な印象を受ける。ちなみにこの子はロングスカートで、顔から見るにノリノリだ。


「えっと、篁先生に無理矢理着せられたんじゃないの? それ」


昴が目線を真ん中の子からずらしつつ、尋ねる。恐らく疑っているわけではないが、この子と他の子の気持ちに温度差を感じて下手したらこの子がミホ姉の手の内ではないか、という可能性を杞憂し、他の子の声を聞きたがっているのだろう。全く、幼馴染みになると考えすら読めてしまうので末恐ろしい。


「違いますよう、これはご主人様への歓迎の表れで、みんな自主的に着たんです。ね、もっかん?」


まるで昴の内心を読んだかのようなタイミングでその子が向かって右隣の少女に顔を向け、伺いを立ててくれる。ていうか皆がさっきから目線を昴にだけ向けてるのは、もしかして俺の存在気付かれてない?

そして、呼びかけられた、ざっくりとシャギーの入ったショートカットと、左眼の下にあるほくろが目印の子は、数秒の沈黙を置いてから、


「………………………………はぃ」


まさに蚊の鳴くような声で短く返事をした。目線を落とし、床を見つめ絞り出すように。ねえ、その目線を落とす中間地点でストップしないのは俺が見えてないのかな?それともわざと?(……後者を考えると、何だか涙が出そうだ)


「……あの、ご主人様。初対面ですし、とりあえずみんなで自己紹介とか、しませんか?」


長らく怪訝な表情を浮かべたままだんまりしている昴を不審に思ったのだろう。図抜けて長い髪を左右で三つ編みに結わえた眼鏡の少女が、少し困惑の色を浮かべつつもはきはきとした口調でそう打診してきた。


「その前に、さっきからご主人様の隣にいる女の子は誰ですか?それに臨時コーチは二人来るって聞いたんですけど」

先程の栗色のセミロングヘアを二つに結った大きな瞳が特徴的な子が、ようやく俺に目線を向けて昴に投げかける。……え?聞き間違いだろうか、今、俺のこと女の子って言わなかっただろうか?


「確かに私も気になりました。その子はご主人様の妹さんですか?」


少女たちが頷いた後すぐにその中の一人のロングヘアの三つ編みの眼鏡の少女が昴に問いかける。ようやく目線が来たと思ったらまさか女の子に見間違えられるとは。


「いや……その、この隣の子が二人目の臨時コーチな訳なんだけど。それとこいつはこれでも一応同じ高校生で性別は男です……」

「え――――っ!?」


予想外な返答に、少女たちは体育館中に鳴り響く驚嘆の声をあげた。下手したら校舎の中まで聞こえたんじゃないんだろうか。それに昴よ、誤解を解いてくれたのは大いに感謝するが『これでも一応同じ高校生で性別は男です』とはなんだ。まるで俺が常日頃から、年下の女の子と思われているような説明口調じゃないか。………んなバカな。


「す、すいません!私たちとんだ勘違いで失礼な事を口にしてしまいました!」

「最初に勘違いしたあたしが悪かったんです!すいませんでした!」

『すいませんでした!」

始めに三つ編みの眼鏡の子、次に栗色のセミロングヘアを二つに結った子、その後に残りの三人が同時に謝罪の声をあげた。


「だ、大丈夫……慣れてますから」


実質今でも泣きそうなのだが彼女達に悪気はないし、これ以上彼女達に余計な罪悪感を持たせるわけにはいかないので、表情をなんとか苦笑にまで持っていき、返答した。しょうがない、間違いは誰にでもあるものだ。……少し哀しいけど。


「そんなに気にしなくていいよ。こいつ、よく色んな所で小学生に間違われるから」

「だから顔をあげていいよ、ほら」


昴のカバーのおかげでなんとか皆が深々と下げていた頭を起こしてくれた。
そういえば、以前ゲーム店で十五歳以上対象のゲームを買おうとした時、店員が頑なに売ってくれなかったので生徒手帳を見せてなんとか買わせてもらったことあったっけ。映画とかでは高校生料金を買おうとした時、小学生料金にさせられたな。まあ、お得になったからそのまま従ってたけど。


「――と、この話は終わりにして自己紹介に戻ろう。じゃあまずはみんなの名前とか、聞かせて貰おうかな」


瞬時に話題を変えてみんなの罪の意識を少しでも軽くする。我ながら、素晴らしい判断だな。
努めて笑みを作り、顔色をうかがう。うん、表情が戻ってくれて良かった。しかし、あの喋り方で変な奴に思われてないかな?まあ、変なのはお互い様な気もするが。
俺の言葉を聞くと、五人は少し間を置いて互いにアイコンタクトを取るようなそぶりを見せる。

それから全員で声を揃えて、


『かしこまりました、ご主人様!』


…………これはどうしたものか。

見た目のインパクトが強すぎたり、間違いの話で今の今まで流してしまっていたが、なんだご主人様って。これからずっとそう呼ぶつもりなのだろうか。……それは困るな。


「えっと、その前に……その『ご主人様』っていうの、止めてもらると助かるんだけど……」


同じ考えをしていた昴が伝えると、再びしばしの沈黙。――と、今度は二つ結びの子が中心となって円陣が組まれ、なにやらこそこそと内緒話が始まった。あれ、失言だったか? 機嫌を損ねてしまったのだろう。しかしこればっかりは俺も昴も譲れないしなあ。むず痒さでどうにかなっちゃうよ。
色々と考えてるうちに円陣が解けた。彼女たちは元通りに整列し、先ほどと同じように声を揃えると、


『わかりました、お兄ちゃん!』


……誰か、助けてくれ

















「えーと、長谷川昴、十五歳、高校一年です。バスケ歴は……六年くらい。ポジションはガード。中三の時はポイントガードでした。あとは……篁 先生とは親戚で――」

「んーっと、桐山周二、昴と同じく高校一年。バスケ歴は大体十年くらいかな。ポジションはスモールフォワード。中三も変わらずでした。ちなみに……副顧問の桐山先生とは姉弟です。」


全員の挨拶を聞き終えた後、自己紹介しながら二人で五人の顔と名前を照らし合わせてみる。



一番快活そうな印象を受けた二つ結びの子は三沢真帆さん。自己紹介の様子からもやはりそのイメージは間違っていなかったらしく、とても元気いっぱいでいかにも子供らしい子供だ。
身長は五人の中でちょうど真ん中。小学生の平均がどれくらいだったかは忘れてしまったが、まあ高い方では無いだろう。
学年は六年、部員全員が六年生だそうだ。バスケ経験は体育の授業のみ。
終始上機嫌で、何か無理矢理強いられてる感じは皆無。そういう正確なのか、あるいはこのメイド姿のプロデュースに自ら深く関わっているのか、どちらかだろう。個人的には恐らくこの子がメイド姿のプロデューサーなんじゃないかと思う。だって五人の顔を見ると、雰囲気的に一番当てはまってしまっているのだ。……まあ、間違っていたら申し訳ないが。
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