あの彼方の籠

□突然の指名
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いやぁ神様ってのは想像通り気が利くねぇ。
入学早々、不幸な事件に巻き込まれて失意の日々を送る高校生。そんな人物が教室であてがわれる席といえば、やはり窓際の一番後ろと相場が決まっているものだ。口うるさい教師の目が最も届きにくい加護領域。そこで少年は窓の外を無気力に眺め、無駄に青い空やグラウンドから聞こえてくる他クラスの無邪気な歓声に自分の不遇を投影しつつ、つまらない授業をぼんやりを聞き流す……。
これぞまさに至極の生活の一部。て感じだ。
いやはや実に王道でとてもよろしい。
一方俺の幼馴染みというと三十人教室のど真ん中ブロックでとても不満そうな顔をしている。いやはや可哀想に。南無南無南無。
淡々とした解説で四時限目を進行する教師の目を、斜め前の席の長身の男子生徒で盾にして、そのまま自らの意識を惰眠へと手放していった。


昴side

時刻はちょうど十二時。午前中最後の授業が終了を迎えるまであと十五分だった。
まじか。まだ十五分もあるのか。
二度目の溜息が漏れた。
もし眠ってしまうことが出来れば、どんなに楽だろう。別に、眠気さえ感じないほど絶望しているわけではないのだ。既にそんな時期は過ぎた。机に突っ伏して全ての感覚を遮断してしまえれば、自分のアホらしい妄言に幻滅して自家中毒に陥る心配からも解放される。
だが、それは今の俺にとっては許されぬ行為だった。授業中に居眠りして、教師に名指しで注意でもされたら目も当てられない。だからリスク回避のために、どんなに些細でも下手に目立つような行動を取るわけにはいかないのである。
それに比べ、幼馴染みは暢気なものだ。自分の背の低さを最大限に活かし、俺が希望していた席で前方の生徒を教師の視線の盾にして居眠りしている。くそ、忌々しい!

――最初の受難はクラスメイトや教師の腫れ物に触れるかのような態度だった。
スポーツ選抜者クラスに推薦で入っておきながら、早々にプーになってしまったのだ。そりゃ、多少は哀れみの目で見られるかもな、くらいの覚悟は出来ていた。だけどまさかここまであからさまに、悪い意味での有名人気分を味わうことになろうとは誰が思いもするものか。
おかげで気が滅入りっぱなしだ。俺は事件と関係ないのに、むしろ被害者なのに、どうしてこんな風に動物園の猛獣のごとく遠巻きに好奇心まるだしで観察されねばならぬのだ。全く持って遺憾だとしか言えん。少しはこちらの立場も考えて欲しいものだ。
……とはいえまあ、面白がる気持ちくらいは理解できるのだが。なにせセンセーショナルだもんな。ローカルな話題にしておくのが勿体ないくらい、七芝高校男子バスケットホール部に降りかかった厄災は、傍目から見る分には実に刺激的な出来事だろう。下手したらワイドショーが食いついて全国ネットに放流されても、それ程おかしくないような気さえする。
故に、いくら事件とは無関係でも、バスケ部所属という肩書きだけで興味の的となってしまうのは致し方ない事なのかもしれない。しかも手前味噌になるが、一応自分は特待生として、わざわざ県随一のバスケ強豪校の誘いを断ってまで七芝に進学してきた身。それがたった一週間で売れ残った冷凍マグロのように路頭に迷っているのだから、何事かと注目も浴びよう。
しかし、だとしても全てを甘んじて受け入れるような気には当然なれない。頼むから止めて欲しい。死者に鞭打つような真似は。せめて、静かに暮らしたいのだ。どうせこの学校で出来ること、したいことなんて、もう何もない。だから、今はそれだけが唯一の望みだった。















周二side

昼休みへの突入を告げる鐘で俺の意識も惰眠から目覚めた。

――ふあぁ……ようやくか。さて、今日はどこで昴と飯を食おう。さすがに教室で昼飯を食べるのは些か空気が重いため、教材を抱えてのろのろと職員室に戻ろうとしている教師の脇を二人ですり抜けて、そそくさと教室を退散する。左に折れて近い方の階段へと進路を取りながら行き先を思案。まあ選択肢なんてほとんど無いが。
俺達が所属する一年十組は、面倒なことに様々な場所へのアクセスの悪い旧校舎の三階に位置している。北側の隣は予備の空き教室で、歩きながらちらりと中を覗き込むと、何組かの女子グループが底抜けに明るく談笑をしつつ机をくっ付け合って食事の準備をしながらこちらの視線に気づき、

「ヤッホー、桐山!今日も一段とちっこくて可愛いよ!」

と大きく片手を振って挨拶してきた。
おい待て、ちっこいとはなんだちっこいとは。それは聞き捨てならんな。

「挨拶してくれるのはいいが今度ちっこいとか言ったらぶっ叩くからな!」

「いやあ、怒っても怖いを越えて可愛いがきちゃうから反省出来ないよ!」

……まったく、だから同年代の女子は嫌なのだ。人をからかうやつしかおらん。やはり年下という俺を敬ってくれる存在が欲しいものだ。
ちなみに進行方向の反対、普通科のクラスの方に向かえば、一応俺達の旧友はいる。だが今はそっちとも少し距離を起きたい気持ちだ。なんせ勝手知ったる仲だから、連中は逆に微塵も遠慮がない。陰からこそこそと見せ物にされるよりはましだという気もするが、奴らは奴らでまた何かと神経を逆撫でしてくる存在に違いないのだ。折角いくらか落ち着いてきた気分をまた自ら乱しに行くけともないだろう。

「いよう。ロリコン一味!」

……ほら、こんな具合だから会いたくないのだ。階段の手前で方向転換しようとした矢先、後ろから身も蓋もない言いがかりがつき刺さってきた。この声は一成か。つくづく人を苛立たせるのが上手い奴。よし、ここは奴の脇腹に左のボディーブローでも叩き込んでやるか。

「ご機嫌はいか――がッ!……げふっ、な、何しやがるお前ら!」

「「……あれ?」」

どうやら昴も苛立っていたらしく、右のストレートを俺の左のボディーブローとともに打ち込んでいた。

「ナイスだ、幼馴染み」

「お前もな、周二」

と二人でハイタッチをしながら前後反転した視界の中心で、良く見知った野郎が涙目で愕然と口元と脇腹を押さえ立ちすくんでいた。ざまあみやがれバカめ。
縁なしの気取ったインテリ眼鏡に、街一番の有名美容室仕立ての割に何ともコメントに窮する凡庸ショートヘアー(カットのみ五八〇〇円)。わびさびの心を感じずにはいられないひょろひょろの体幹にとってつけたような柳の如き四肢と、ごま油でも塗りたくってやりたくなる程コクのないあっさりしすぎた顔立ち。うむ、間違いなく一成だ。良かった、殴ったのが人違いじゃなくて。
 ……さて、それはともかく。で、どこへ行こうか。
まあ、学食だよな。今朝は珍しく、母親が寝坊して弁当作れなかったみたいだし。

「ちょ、待てよお前ら!殴っといてシカトかよ!」

何事もなかったように歩き出すと、再び背後から罵声。……チッ!ったくめんどくせえ。

「……お前、殴られてシカトされるくらいの覚悟もなしにあんなこと言うなよ。」

「全く昴の言うとおりだぞくそメガネ。」

溜息とともに身を翻し、旧友のよしみで忠告、いや調教した幼馴染みに同意しながら野郎に罵声を浴びせる。俺達だからこんなんで済んだものの、今のが他のバスケ部の耳に入ったら半殺しどころかもっと恐ろしい断罪を受けて然るべき場所で発見され、三年間漆黒高校生活を送ることになるなるぞ。
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