【幕恋花物語】
□蝶に花
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春めいた明るい日差しを取り込むように障子を開き、毅然とした面持ちで端座する
まるで厳かな儀式のような流れる所作で刀を掴み、静かに鞘から白刃を引き
抜き身の刀を棟側から押さえつつ切っ先へと拭い紙を滑らせて古い油を丁寧に拭い取る
─…………
その凛とした背中に、瞳は釘付けとなり、張りつめた空気に言葉も奪われ、ただひたすらに見つめてしまう
姿勢を正したまま、片手で立てた刀身に、ぽんぽんと軽快に打ち粉を叩き込むとゆっくりと拭い紙で拭い、再び同じ調子でぽんぽんと打ってはまた拭う
それを数度繰り返した後、ためつすがめつしながら刀身を隅々まで検分し…
やがて満足気に小さく頷いて、ほんのりと笑う
─あ、何だか可愛いかも…
『……面白ぇか?』
─っ!
唐突に聞かれハッと正気に戻ったけど
その声が、多分に笑い含みだった事から、自分がどれ程夢中で見入っていたのかを知り、気恥ずかしさに曖昧な返事で濁す
『…ぇ…あ、はぁ…』
『…何だ?随分と締まらねぇ返事だな、腹でも空いたか?』
『ち、違います。刀の手入れなんて見たことなかったから、つい真剣に…』
と、言った所でタイミング悪く、お腹がくぅ〜と鳴ってしまう
『…やっぱり減ってんじゃねぇか身体は正直なこったな』
『………うぅ』
─は、恥ずかしい…
『少し待ってろ。これを終わらせたら、すぐに飯を食わせてやる』
笑いながら言うと、仕上げの油を薄く塗り広げ、手早く後片付けを始める
─あれ?何だろう…甘い香り
不意にほんのりと鼻腔をくすぐる香りに、辺りをうかがうけど、見つけられないまま、やがて薄れてしまった
…庭の花だったかな?と納得し、そう言えば、そろそろお昼時だった事を思い出して
『じゃあ、先に台所に行って用意してますね』
と、立ち上がりかけた所を引き留められる
『ああ、外で食うから飯はいらねぇ。お前ぇは出掛ける支度して来い』
『……外、ですか?』
突然の誘いに、きょとんとし首を傾げる私に、野暮用があるのだと言われ
不徳要領のまま身支度しに部屋を後にした
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