NOVEL4

□あなたとわたし4
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「たまには飛行機で来ればいのに」
「あれこれ土産頼んでおいて、どうやって送れって。宅配便もバカにならないから」
「あら、そんなにお願いしたかしら?」


 玄関では、いつもの通りに、さばさばとした出迎えがある。変わらない家、変わらない、家族。いや、年をとっているから、それなりに風貌は変わっているのだろうけれど、それでも、この空間を包む匂いも、雰囲気も、何も変わらない。


「電車や飛行機だと、時間に追われるし。車だったら、いろいろ小回りもきくから」
「それもそうね、いらっしゃい、疲れたでしょ。長野の友達から小布施の栗きんとん送ってもらったのよ、あんた好きでしょ、栗、食べよ食べよ」


 忍が隣でそう切り返すと、あっさりと機嫌顔に豹変する。まるで、末っ子が帰ってきたかのような扱いだ。忍はそれに臆するのでもなく、当たり前の様に靴を脱いで、家に上がっていく。以前、まとまった時間をここで過ごしたのは後に聞いたけれど、本当に忍はここに馴染んでいて。その姉が数度訪れた時には、あからさまに緊張して、他人の家に邪魔をするという具合で、かしこまっていたのが、対照的にまざまざと思い出される。忍はこの家で扱いがいい。わかってはいるけれど、用がなければ電話もしなかった自分と違って、忍はまめにメールをしたり、ものをやり取りしているらしくて。
 トランクに詰めてきた結構な量の土産を出して、僅かの手荷物を下ろせば、奥の間から忍がそれを取りに来て、何度も往復する。そこにいるという違和感のなさが、寧ろ俺には不気味なくらいで、思わず笑いが漏れたのを、忍は見逃さなかったようだ。いぶかしげな顔で、首を傾げて、小声を低くした。


「何?」
「いや、お前、なんかそうしてると、前からここの住人だったみたいだから」
「そんなことねーし」
「嬉しくて言ってんだ、噛みつくなよ」


 そう、自分さえも長らく離れていたこの実家に、この両親に、血筋としてはいわくつきの忍が、当たり前の様に馴染んでいることが、自分にはどこかむず痒くて、そして少し気恥ずかしい。けれども、それを思わせないくらいに堂々としている忍が、自分には心強くて、自分を居やすくさせる。自分の家なのに、どこか、忍の存在に、安堵してここにいる気さえしているのだ。それは、自分自身が、忍との関係をに、いくらかは両親に対しては、申し訳ないと感じているからに他ならない。孫の顔など見ることもないだろうし、それでも血筋が途絶えるわけでもない。自由な次男だからこそ、故郷を離れて東京で好きなことをしているのだから。自分自身も、子どもが欲しい訳でもない。自分の血を引いていなければならないこともない。外国の様に、里子を預かって、育てることも悪くはないと思う。ただ、うちの場合は、子どもを授かることができなかった夫婦というわけではないから、それも果てしなく難しいことだろうし。


「ただ、俺も外国とか、ホームステイとか、結構転々としたし。人の家に馴染むのは、そう慣れてないわけじゃない」
「ああ、そうだったな。なんか今どきの若い奴は、そういうの、苦手なのかと思って。どこか、自分の殻、後生大事に守ってそうだろ」
「核家族だからだろ、多分。うちは、ばーさんとかもいたし。親戚も、ことあるごとに出入りしてたから」


 若くて今どきの子供の忍は、たまに年寄りめいたことをいうのは、多分、そのばーさまのおかげなんだろうと思う。盆や彼岸の墓参りは大事だとか、夜に爪を切るなとか。だから、俺は忍と暮らしていても、疲れないんだろう。忍が、疲れさせないように気遣っているのも、実際わかっているし。


「庸、武田の孝君が、今年同窓会の幹事だから、あんたの名前入れておいたって。帰ってきたら、伝えておいてくれって、今朝来ていったわよ」
「行かないってちゃんとハガキ返したのに?!番号、なんだったかな、キャンセルさせないと」
「ええ?明日でしょ?行ってきなさいよ、卒業してから一回も来ないって。今回は中学校の同窓会なんだから、いいじゃない」


 高校の同窓会も、何度もハガキが転送されて来た。先生が亡くなってからの、副担任との同窓会だ。行くはずもない、多分、生涯、行くことなんてないだろうと思っている。実際、高校時代の友人なんて、殆どいないに等しかったし。狭い町だから、自分と先生とのことは、ほぼ噂で周知されていたし、逃げるように故郷を離れていたことも、皆の知るところだ。


「いいじゃん、行ってくれば?」
「忍」


 そこは『やめとけよ、俺もいるんだから』、と、言って欲しかった。けれど忍は涼しい顔で、出された玄米茶と小布施の栗きんとんを食べている。自分はコンパ一ついかないくせに、なんだっていうんだ。


「あんまし疎遠にしてると、自分の葬式の時に誰も来なくなるって、母さんがいつも言ってる」
「どっちにしろ、向こうで死んだら向うで葬式出すからいいんだよ。というか、もう密葬でいいから、俺」
「葬式の算段今しなくてもいいだろ。ごちゃごちゃいってねーで、行けばいいじゃん。幹事も、来てほしいから頭数に入れてくれてんだろ。シカトされるよかマシじゃねーの?」


 忍が言っても説得力に欠ける。そして葬式の話は、何か切ない。やっと1か月に一度の定期検診が半年に一回になったというのに。それでも、同級生でももう一人二人、頭数は減っている。事故と、病気、という話は聞いたが、もう向こうで助教授の仕事に追われて、香典だけを送ったはずだ。


「あんたが少し前に病気したって話、どこからか回って入ったのよ。生きてるかどうか、顔見たくなったんでしょ。少しだけでいいから、出てきなさいよ」
「……わかった。お前、平気か?時間、つぶせるのか?」
「へーき。先に土産買いに行ってもいいし」


 気のせいだろうか、忍は安堵に笑った気がしたのは。それでもこの帰省を切り出したのは忍だ、忍自身が一緒に来ることを喜んでいたように見えたのだけれど。来て早々別行動を取ることを忍から勧められようとは。


「ここ、結構長かったから、バスとか乗り慣れてるものね」
「そう、だいたい、わかってるし」


 理沙子だったら、「冗談じゃないわよ、私嫌よ、ほっとかれるの」と、言っただろう。でも、忍は淡々と、俺の両親と最近の話をしたりして、何事も無いようにしている。いや、俺の親だよな?俺の実家に戻ってきたのに、どうしてもこう、俺が疎外感を覚えるのだろうか。それはそれで、忍が緊張に縮こまっているのを見ているよりずっといいのだけれど。なにか、含みがあるような気がして、ならない。



「本当にいいのか?お前、退屈しないか?」
「どうせ一次会で引っ込んでくるんだろ?」
「でも会場ちょっと遠いから、昼過ぎには出るだろうし」
「俺が平気だって言ってんだから、平気なんだよ」

 
 風呂の支度をしていた忍は、振り返って、薄気味悪いくらいに穏やかに笑うので、俺の不安は何か大きくなった。忍が、何を考えているのか、わからなくて。それとも、ここで「いやだ」とか言うと、俺にガキだと思われるから、我慢しているのか。これまで散々「これだからガキは」と大安売りの様に言ってしまったから、忍がその言葉を俺に発せさせないように努力しているのは俺も承知のことだ。何か、そういう風に俺がしつけてしまったようで、ちょっとした我儘も言わないものだから、、正直、俺の方が、びくついてしまっていて。


「少し、見て歩きたいし。いいんだ。気にしなくても」


 俺を安心させようと笑っているのに、その言葉が、嘘だと、俺は気づいてしまった。忍は、芯から、俺を直視しなかったから。それが忍の癖だと、俺は知っているから。だけど、「そうか」と言って、俺も床に就いた。忍が先に風呂を使っている間に、長い運転の疲れが下りてきてしまって、いつの間にか眠ってしまった。久々に、病院に入院していた時の夢を見ていた。




  

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