NOVEL2

□我儘4
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「どういう、意味」
「多分、高槻があの人が好きだと思うのと、同じ好き、だと思う」
「……からかうな」
「からかってないよ。ちゃんと、見て、考えて、感じてた。弟を放っておけない気持ちにも似てる、 ペットショップで子猫と目を合わせてしまった気持ちにも似てる、でも、顔を見るだけでなんだか、嬉しい――――それが何なのか、わからなかったけど、今やっぱり、確信できた」


 何を言ってるんだ。また普通の顔をして、口調はまるで俺は目が二つ、鼻が一つ、口は一つですって、当たり前みたいなことを言うみたいなのに、実はすごいことを言ってるじゃないか。


「冗談、だろ」
「正直、こんなのは、初めてだけど、冗談言えるほど、本当は余裕ないんだ」
「………ああ、そう――――」


 俺がオーストラリアから戻ってきて、突然M大の宮城に連絡を取って呼び出して、言い寄ったのことも、当時宮城にとっては限りなく冗談に思えたことだろう。好きだと、運命なんだと、責任を取ってほしいのだと、今から思えば、本当に痛いにもほどがある。だから最初は、何となく苛めてしまったような後味の悪さとか、それこそ、3日飼った動物に情が移ったみたいな、そんな心情だったのかもしれないと、何度も後悔もした。嬉しかったけれど、本当に好きになってくれたとだと確信できるまで、不安だけが日々肥大した。余裕なんて、自分には爪の先ほどもなかったのだから。


「だから、もしお前が苦しんでるんなら、やっぱり傍から見ていて、腹が立つ。大人なら、もっと、お前を守ってくれるのが、当たり前じゃないのか?お前が、大人の立場を守ろうっていうなら、向こうだって、同じだろう?」
「俺は、宮城に何も与えるものがない、それが一番苦しいって思うことだ。それは、もっと時間をかけて見つけなくちゃいけないことだと思ってるし、それに、俺は宮城から与えられるばかりじゃ嫌なんだ、対等でありたい。年齢が離れているからって、それに甘えたくない。だから相手のことを考えるのは、当たり前だと思う、他人から見て、間違ってるって思われても」


 たとえば、この酢豚にパイナップルが入っているように。俺はそれが当たり前だと思っているけど、母さんは「あれは間違いよ」と言い張るように、だ。俺は好きなんだから、それでいいと思ってる。


「……っていうかさ、門真」
「なに」
「ガチ盛りの中華食いながらする話じゃなくね?」
「いや、そうか?――――気にならなかった」


 ああ、そうなんだ。顔もよくて勉強もできて、スタイルもいいこの男にも、一つ欠けるものがあるのなら、それは時と場合の空気を読まないことだろう。
 流石の俺でも、あまり小さなことを気にしない俺でも、この床も多少ぎらついている大衆中華で、まさか同性の友人から告白されるとは、夢にも、思わない。おれもそんなにムードを大事にする方じゃないけど、それは、相手が宮城しかいないからということもある。


「俺は、宮城しか、好きになれない」
「――――人の心は、変わるかもよ」
「でも今は、変わらない」
「そうなんだ――――」


 そう言って、まだ熱そうなラーメンをすすって、はぁと息を吐いたけれど、それ以上は、立ち入ってこなかった。それが、当然だという顔で、また勢いよく食べている。だから自分もそれが当たり前だという顔で、甘酢でコーティングされたパイナップルを、つまんだ。それからしばらく、黙って食べていた時だ、鳴ってほしくない時に、マナーモードになっていなかった携帯がポケットで鳴り響いた。着信画面を見なくても、わかる気がした。特別着信音を使い分けていなかったけれど、相手が誰かなんて、わかり切った話だ。


「はい」
『夕飯、済んだか?』
「今、食べてる。そっちは?接待、終わったの」
『これから。蟹か、フグ』
「豪勢じゃん、あんまり、飲むなよ」


 店内での会話は、気が引けた。小さな店だから、尚更だ。そう思ってそっと店を出ようとした時に、外から客が入ってきて、そして店の親父が遠慮のない盛大な声で「いらっしゃい」と言った瞬間、電話向こうの声が低くなったのが分かった。


『外か?』
「あ、うん。大学の友達と、図書館で勉強してたら遅くなって、大学前のラーメン屋。食べたら、すぐ帰るし」


 全然言い訳がましくない筈なのに、どこか、自分でも返事を焦ったのが分かった。もし一緒に来ている相手がこいつじゃなかったら、もう少し平静に答えたかもしれない。たった今、告白なんてされていなかったら、もっと冷静だったと思う。でも動揺はなかったとは言えない状況だった、基本、自分は、もとからそんなに余裕のある人間じゃないから。


『忍、何か、あったのか?』
「なにも、何もねぇよ、何で」
『声、上擦ってる』
「いつもどーりだ、ふつーだ、電話、遠いんだろ。ここ、ざわざわしてるし。炒飯食ったら帰るし、ホテル戻ったら、また電話しろよ、ちゃんと、家にいる」
『誰といるんだ?法学部の友人か?』
「そう、課題、一緒にやってて、すぐに家に帰るのも嫌だったし、姉貴もいるしさ」


 1つだけ嘘をついた。学部は違う、でも友人で、図書館で勉強してて、そしてちゃんと飯を食ってる。本当は、正直に言うべきだったんだろうか。


「多いだろ、フードパックに入れてもらったぞ?持って帰るだろ、高槻」
「あ、ああ。悪い、今、金払うし。ごめん、今から、実家帰るから」


 わざとだ。門真は、わざと聞こえる音量で声をかけてきたに違いない。背筋が、すっと寒くなった。宮城の次の言葉が、怖かったから。


『――――前に、コンパ一緒だった奴の声だよな?忍』
「あ、ごめんな、宮城サンか」
「ごめん、宮城、また後で、電話する」
『忍、ちょっと待て』


 切ってしまった。いい加減店の前で長電話も非常識だし、営業妨害だ。ちゃんと、話せばいい話だし、でも今は一端家に帰るべきだろうと思った。とにかく、門真とはここで別れよう。
 ただの友人だ。問題なのは、告白されたことと、宮城との関係を見破られたということ。それを口止めする必要がないと感じたのは、きっとそんなことを暴露すれば、友人でさえいられなくなることを、賢い相手は望んではいないと分かったから。
 向こうが望んでいるのは、多分俺か宮城、どちらかの、心変わりだろうと思った。


「俺の分な、容器代も、これで足りるか?」
「ごめん、宮城サン、怒った?」
「どうしてだよ、飯食ってるだけなのに。じゃあな、俺、こっちだから、帰る」
「俺の言ったこと、気にしなくていい、でも、覚えておいてくれ、高槻」


 結局気になるだろうが、覚えてる限り。生返事をして、家に帰った。宮城は電話に出なかった。





 

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