NOVEL2

□我儘 2
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「時間?あるけど、コンパなら、行かない」
「違うって、もう誘わない。高槻、もともと嫌いそうだし」
「うん、悪いけど、そんなに好きじゃない。めんどーだし」


 苦笑いして、教育学部の優等生、門間は先に図書館へ入っていく。4コマ目が、各学部共通の一般教養だったこともあって、久々に顔を見たのだけれど、終業のベルと共に、追いかけてきて、図書館前で捕まった。宮城がいないから、実家へ帰るだけで、時間をつぶすためにギリギリまで図書館で本をあさるつもりだった。もともと、本は嫌いじゃない。宮城と初めて出会ったのも、図書館だった位で。負けず自分も活字を追うことが、半分趣味になっていた時期もある。


「だからさ、英語、少し教えてほしいんだ」
「お前だって、結構できるのに」
「なんかこう、解釈がスマートにいかないっていうか。俺本読まないからだろうな、高槻、結構ジャンルこだわらずにいろいろ読んでそうだし」
「まぁな」


 白いシャツに、細身のデニム。平凡すぎるコーディネイトでも、やはり背が高いというだけで、随分目立ってしまうのだろう。図書室に入った途端にその目立つ存在に、何人かの女の子が、さっと視線を向けるのが分かった。


「高槻、留学してたんだろ」
「3年な。でもオーストラリアだし。イギリス位なら多少自慢できたかもしれないけど」
「ご謙遜、でも中学の終わりから3年だろ?」
「……そうだな、なんか、日本にいるのも、退屈だったし」


 違うけど。逃げたくて、他のことを考えられなくなる場所に行きたくて。必死にならなくちゃ、向こうの生活にも、言葉にも、勉強にも追いつけなかったから。だからその3年は、とにかく勉強した、日本にいたら、あれだけ勉強なんてしなかっただろうって。
 ああ、そう言えば、向こうにも、こんな友人がいた。さりげなく気を遣ってくれて、元気のない時や、部屋に引きこもりがちになった時に、パーティに誘ってくれたりする友人が。やっぱかっこよくて、ガールフレンドも大勢いそうだったのに、小さい日本人に興味があったんだろうか、酷く親切にしてくれたな。


「偉いな、高槻は」
「偉い?」
「ふつー、そこまで努力しないだろ、退屈なだけで」
「―――偉くなんかない、ズルいんだ、俺は」
「何言ってんだよ、褒めてんのに」


 笑って、頭をポンと叩く。ああ、なんだか、宮城も同じことをよくすると、思ってしまった。宮城も俺より背が大きくて、手は大きくて、指は節が綺麗で、長い。安心する、大きな手。すぐに頭を叩いたり、撫でたりするから「ガキ扱いするな」と一度言ったら「可愛いからするんだよ」と、笑っていた。「ガキじゃなくても、可愛いことはあるだろ?」と。猫でも、犬でも、かわいいなと思えば、知らず頭を撫でたり、背を撫でたりすることと、同じだろうか。こいつも、宮城と、同じことを思うんだろうか?でも相手が相手だと、ただのセクハラになる。


「先生に、なりたいの?」
「まぁね」
「高校の?」
「できれば、だけど。まぁどこでもいいんだ、中学でも、小学校でも」
「珍し、子供とか、大丈夫なんだ」
「妹も弟も多いしな、慣れてる」

 
 助教授のあの人も、そんなこと言ってたっけ。基本自分の研究のために大学に残ったけど、私立の小中高一貫校で、学生を育ててみたい気もする、とかなんとか。


 去年、大学病院で子供に勉強を教えた時、それも悪くないかと思った。でも宮城は「お前は法律関係に進んだ方がいい」と、そう言った。理由を聞けば、「お前は頭がよすぎるから、教職には向いてない」と、苦笑いしていた。多分、嫌味ではないのだろうけれど。確かに、何でこれくらいのことが分からないんだろうと思うことが頻繁で、基礎の基礎の基礎から教えないと、何も上に積むことができないんだということは理解できた。。自分だって、人の10倍勉強したわけじゃない、多分、理屈を考えないで、すっと頭に入って来た通りにやっていたら、それが正しかっただけの話だ。だけどすべての子供が、そう思えるわけじゃない。


「お前、成績いいんだろ、もっと、上狙ってるのかと思った」
「堅実なだけ、言ったろ、兄弟多いし」
「公立の教員なら、公務員だから?」
「そういうこと」


 2年でも、もう将来を見据えている。就活も2年から始まるともいうし。まぁ、民間の企業狙いなら、だけど。自分は、どうするつもりなんだろう。何時までも、宮城におんぶに抱っこも嫌だ。ちゃんと就職して、収入を得て、宮城とつり合いたい。


 
「公立の教師になったら、生徒には、手、出せないけど」
「私立だって出せねぇだろ?!涼しい顔して怖いこと、言うなよ。えーと、ああ、ここの解釈は、俺だったら――――聞いてるか?」
「聞いてる聞いてる」


 担当する教授が違うからテキストも違う。それは向こうの文庫本で、いわゆるペーパーバックだ。ひたすら英語だけのページが何十ページも続くやつで。多分ミステリーものなんだろう。読みやすいと言えば、読みやすい。ついつい解釈を考えて読み込んでいるうちに、時間の過ぎるのを忘れていて、人気がなくなった頃にようやくそれに気づいた。

「うわ、もうこんな時間じゃん、高槻、夕飯一緒に食わないか?」
「え?」
「この間も、お前飯食う前に寝こけてたし。その後はもう絶対にコンパには顔出さないしさ。野郎会でも来ないだろ?飯位いいじゃん」


  姉貴も今実家に戻ってる。正直、去年の宮城の騒動以来、まともに顔を合わせていなかったから、あれこれと何でも聞かれるのが嫌だったのもあった。ちゃんと家には帰るんだし、飯位外で食べたって、宮城も何も言わないだろう。実際、宮城だって今晩は向こうの大学で接待受けてるんだろうし。


「いいよ。あ、でも家に連絡しておく、用意されたら、悪いし」
「そうだな」


 滅多に人から我儘を言われないのは、自分が基本我儘だからだと思っていた節があった。だから、夕飯位付き合えと言われても、、ファミレスで食べたって、ここの帰りのラーメン屋で食べたって、かまわないだろう。どうせちゃんと家に帰るんだ。別にやましいことなんてないし、俺だって飯位食うし。


  陽の落ちきった大学の門を出て、少し歩けば、そこは学生街とあって、食べる店は意外に沢山ある。滅多にここで食べることはないけれど、一度入ってみたい店はいくつかあった。照明灯りはじめた町並みを、同じような歩幅で歩いて進めば、頭の上になる場所から、柔らかい声なのに、予想外の言葉が落ちてきて、それはすとんと俺の一番暗い部分をむき出しにする勢いで、貫いた。


「優等生なのに、親泣かせなんだな、高槻は。悪いことなんて、何もしなさそうな顔してるのに」
「え?」
「あの人、高槻の保護者じゃないよな?俺のこと、すげー目で、睨んでた、17歳年上の、宮城サン」





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