花と衣

□秋海棠
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風間と千姫の間に持ち上がった「子を生す」話は、どんどんと膨れ上がっていき、


風間の「子供を授けるが、千姫とは婚姻を結ばず、妻に迎えるのは雪村千鶴だけ」と言う話は、「正妻に迎えるのは千姫。雪村千鶴は妾」になり、さすがの風間も慌てた。


千姫は
「自分は風間の元ヘはいかない。京を離れない」
と主張する。


さらには、
「自分の友人である雪村千鶴を妾として傍に置くのは許さない」
とも言う。


ここまで言われると、風間家及び西国の鬼達も考えてしまう。



確かに、東の雪村家の女鬼は魅力的だが、その名を知らぬ者はいない、鈴鹿御前の血筋はもっと魅力的なのだ。


もし、この婚姻が決まれば、近来稀に見る強力な血を持つ鬼が誕生する−−−今までなかった話に、西国の長老達はいきり立ち、風間の説得を始める。


−−−−ここで京の鬼姫の機嫌を損ねてはいけない。確かに東の女鬼は貴重だが、それなら、天霧家や不知火家に嫁がせてもいいではないか……?


そんな各々の思惑が飛び交う中、千姫の館に一人の男鬼が現れた。−−−−土佐の南雲薫と名乗り、千鶴とは本当の兄妹だと言う。




「−−−−倒幕の誘いを断った雪村家は人間に滅ぼされ、千鶴は里の者の手によって、分家の鋼道に預けられ、俺は土佐の南雲家に連れ−−−いや、引き取られたのです」

話に嘘はなさそうである。何よりも同じ顔立ち。さらには、薫の持つ太刀「大通連」と千鶴の持つ小太刀「小通連」は正に対のものだ。


「俺はずっと妹の行方を捜していました。ようやく、新選組にいると知り、何とか接触をしようとしている頃に千鶴が姿を消してしまって……。この度の風間さんと千姫様のご縁談話に千鶴の名前が出ていたので……」

ようやく居所が分かりました、と薫は嬉しそうに言った。


「あなたのお陰で妹が路頭に迷わなくてすみました。本当にありがとうございます」


深々と頭を下げる薫。それを見つめる千姫は、微かに不遜な空気を薫から感じとっていた。


「正式に保護したのは風間だけどね」


「ああ、あなたのご主人となられる方ですね!」


薫の言葉に、千鶴の肩が震えた。


「こちらに伺う前に風間さんにはご挨拶をさせていただきました。ご婚礼のお祝いも申し上げておきました」


「−−−!!私は風間と婚礼なんか…!」


千姫の言葉を、薫は明るい笑顔で受け、


「西国ではその話で持ちきりです。今までにない大きな縁談だと、皆が言っていますよ」


さすがに鈴鹿御前のお血筋ですね……と薫は言葉を続け、


「このまま妹がこちらにお世話になっていると、千姫様にも風間さんにも何かと気を遣われることでしょう……。千鶴」


薫は俯いている千鶴の傍によると、優しく手を取る。


「やっと会えた−−−。俺はずっとお前の事を探していたんだよ?」


「……」


愛しげに千鶴の頬を撫でる薫の表情は、慈愛に満ち溢れている。


「これからはずっと兄さんが一緒だよ?風間さんと千姫様の婚礼を見届けたら、兄さんと一緒に行こう」


「……どこへ?」


「一緒に雪村の里へ帰ろう。もう、人間とは関わらないで、静かに隠れて暮らそう。大丈夫だよ、お前一人ぐらい、兄さんがちゃんと面倒を見てあげるよ」


千鶴はぼんやりと薫を見つめていたが、


「薫さんが−−−兄さんがそう言うなら……」


何だか、自分の館に来た頃の千鶴が戻ってきているようだった……千姫は複雑な気持ちで、兄妹を見つめていた。





自分の知らないところで、話はとんとん拍子に進み、千姫の館には、風間家からのたいそうな支度が届けられていく。


館の女中達も浮き足立ち、館の中も自然とめでたい空気に満ちていく。


ぴんと来ていないのが、本人だけで、各地から皆が祝いの言葉を述べに訪れてくれるのに、千姫はそれを人事のように聞いている。


その度に年嵩の女中に注意をされているのだが、大体“婚礼”自体が自分の決めた事ではないので、実感が湧かないのだ。


千姫が「千鶴ちゃんを妻に迎える事も妾にする事も許さない」と宣言した日から、風間の訪れはない。


たまに天霧が千鶴の様子を伺いに来るが、すぐに帰って行く。


変わったことと言えば、南雲薫が滞在し、常に千鶴の傍にいることだった。


千鶴と薫は言葉を交わさない。一方的に薫が話をし、千鶴は頷いたり、首を横に振ったり、挙句の果てには泣き出したりしているが、その度に薫は千鶴の肩を抱き寄せ、

「お前には兄さんだけだよ…」

と囁いている。


君菊の報告だと、確かに薫は千鶴の兄だし、正式に断りを入れて南雲家から出ている。

雪村の里にも、既に人を入れて、すぐにでも住めるようにさせていると言う。


実の兄妹がようやく再会できて、これからは他との接触を絶って暮らしていく−−−千鶴の行く末を案じていた千姫には僥倖のはずなのに………なにやら腑に落ちないものを千姫は薫から感じ取っていた。
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