蜻蛉玉

□命名
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待ち焦がれた腕の中に飛び込んだ途端、抱きとめてくれた永倉さん−−−−新八さんが驚愕の声を上げる。


「何だよ!?この赤ん坊は!?」


−−−−そっか、新八さんは私が身篭っていた事を知らなかった……


「私が……産みました……」


ちょっと恥ずかしくなって、俯き加減で伝える自分に新八さんは、


「えっ!?千鶴ちゃんが!?誰の子だよ!!」


なんて言っている……酷い人、別れる日まで散々私を可愛がったくせして…


ちょっと恨みがましい目で睨んだ私に、新八さんは合点がいった様で、


「ああっ!−−−−俺の子かぁ…」


盛大に泣き声を上げる子供を抱き取り、じっと見つめる。


「母上を看取っただけじゃなく……立派な跡取りまで産んでくれて……ありがとう、千鶴」


深々と私に頭を下げる新八さん……。


別れた日より、大分窶れた顔をしている……そんな愛しい人を見ていると、どうにも辛くなってきて、私は新八さんの腕をとり、家路を辿った。



家に腰を落ち着けても、未亡人と思われていた私の下に無事に夫が帰ってきたことを知ると、近所の皆さんがお祝いに駆けつけてくれて、気取らない新八さんに惹かれて、宴会が始まる。


村の人は薄々と新八さんが旧幕府軍の人間と知っていたけど……何も言わないで、無事な帰還を祝ってくれ、「これからはご新造様の傍にいてあげないと!」なんて言ってくれる。


漸く二人きりになれたのは、深夜をとっくに過ぎていて、それでも寝物語に会津まで何とか辿り着いた事、その間に原田さんと別れてしまった事、近藤さんの刑死を知ったこと、江戸に戻ってきてから、芳賀宜道−−−新八さんにとっては市川宇八郎さんが親類の方に殺された事を訊いた。


「ご苦労をされましたね……」


そう言う私に新八さんは微笑み、


「−−−何度も死んじまうんじゃねぇかと思ったんだけどな……お前と約束したろ?『俺はお前に嘘はつかない』って……」


「はい…」


その言葉を信じていたからこそ、今まで新八さんを待っていられた。


抱き寄せられ、口付けられる−−−−この感触は夢じゃない……そう思った途端に私の眦から涙がこぼれる。


「泣き虫だな、千鶴は」


そう笑う新八さんに縋りつきながら、何度も夢に見た彼の感触を確かめる。


元々、夜泣きはしないけど、今夜はいつも以上にぐっすり寝入っている息子に感謝をする。


「ねぇ…新八さん…」


甘えて彼を見上げる自分に、果たして夫は何も言わずもう一度口付け、寝巻きの裾を割った−−−




「名前かぁ……やっぱり父親の一文字を頭に持ってくるのがいいのかなぁ……?」


縁側に腰掛け、息子を腕に抱いた新八さんが頭を捻っている。


「俺が“新八”だから−−−“新”を頭にして……」


盛大に悩んでいる夫を見て、千鶴は愛しさが込み上げてくる。


来て間もないけど、すっかり新八はこの地に馴染み、みんなから「剣術の先生」なんて呼ばれている。


そんな新八なのだけど、未だに息子の名前が決められないでいた。


「さぁ、先生。息子にいい名前をつけてあげて下さい」


からかう口調で言う自分に、新八は本当に困った顔で応じる。


「分かってるよ!うーん……新八郎」


あまりにも単純すぎないかと笑う自分に、ちょっと寂しげな顔で新八は言う。


「それじゃ、新之助はどうだ?うーん、新助、新三、新司、新一……」


自分の笑いが固まるのが分かる−−−この人は失った仲間の一文字を取って……


市川宇八郎、原田左之助、藤堂平助、山南敬助、土方歳三、沖田総司、斎藤一……


「いっその事、一文字の名前にするか?勇とか……それとも……」


「新八さん……!」


背後から抱き締める−−−もう、何も言わなくていいから。
あなたの悔しさ、無念、友を失った悲しみを私も一緒に抱えていくから、生き残った自分を責めないで!


「−−−−俺は生き残って……よかったんだよな?」


夫の顔を見ないように、そっと呟く。


「生き残った意味があるのだと思います……新八さんにしかできない何かがあるはずですから……」


息子を抱き、自分の肩をしっかりと抱き、真っ直ぐ前を見据えている夫に寄り添いながら、何があってもこの人と生涯を共にしようと改めて思った。


あなたの抱える、悲しみ、痛み、苦しみ−−−そして悦びも一緒に味わっていきましょう。


そして、あなたにしかできない“何か”を一緒に探しましょう……


温かな陽だまりの中、二つの影はじっと寄り添い、動く事はなかった。

 
 

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